2012年8月3日金曜日

音楽の聴き方の変遷ーーオーディオのゆくえ


音楽の聴き方が変わっている。どんな風に?

レコードに針を落として聞く時代を、僕は知らない。80年代に、ソニーとフィリップスが共同開発した、CD(コンパクト・ディスク)で僕は音楽を聴き始めた。その後、90年代にはMDが流行るのを見たし、それも2000年代には、iPodに取って代わられてゆく。そして、これからは……?

そんなデバイス(装置)の変化に伴う、音楽の聴き方の変遷を展望してみたい。

以下、とくに日本の若者世代(10代〜30代くらい)を念頭に置いている。

90年代は、CDの全盛期だった。1万円を切る、安価なCDプレイヤーが量産された。それは、「CDラジカセ」「コンポ」などと呼ばれ、CDのほかに、ラジオやカセットを聴けた。けれども、次第に、CDの再生に特化した機種も出てくる。音質の向上も見られた。これとは対照的に、カセットやレコードは、使われなくなっていった。

90年代には、MD(ミニディスク)も流行った。MDは、カセットとCDを掛け合わせたような製品で、CDより小さく、入れる曲を自分で編集できた。この二つの利点、携帯性がよいところと、自分で編集できるところが、MDが受け入れられた理由だろう。まず、携帯性がよくなったため、たとえば、ジョギングしながら音楽が聴けた。(CDでは、再生機が揺れると音飛びした。)次に、MDは自分で好きな音楽を入れて、並べるよう編集できた。これに対して、初期のCDは読み取り専用だった。96年以後は、CD-Rの登場で、CDメディアにも、好きな音楽を書き込めるようになったが、しばらくはMDの方が普及していたように思う。

2000年代に入ると、Apple社の携帯音楽プレイヤー "iPod" が、MDに取って代わる。2000年代の初めに米国で発売され、以後、日本でも徐々に知名度を増してゆく。デザインの良さも受けて、とりわけ、2000年代半ばから、爆発的に普及した。ソニーも、同じく携帯音楽プレイヤーである「ウォークマン」で対抗したが、iPodに分があった。

iPodにせよ、ウォークマンにせよ、使い方はよく似ている。基本的には、CDからパソコンに取り込んだ音楽を、今度は、パソコンから、携帯音楽プレイヤーに出力する。そうして、沢山の音楽(5分程度の楽曲ならば、数百曲〜数千曲という単位。)を小さなプレイヤーに記憶させて、持ち運ぶ。

そのため、聴き方としては、イヤホンが主流で、それに続いて、ヘッドフォンとなる。そして、家でスピーカーから聴くときには、1.パソコンとスピーカーをつなぐか(携帯音楽プレイヤーは使わない。)、2.携帯音楽プレイヤーからスピーカーへ出力するか、3.携帯音楽プレイヤーを、じかに接続できるオーディオ機器を使うか、といった選択肢になる。

ここで、面白いのは、90年代〜2000年代を通じて、携帯音楽プレイヤーが、オーディオ・メディアの主流になってゆくことだ。もちろん、据え置きのオーディオも進化していた。記録メディアは、より高音質なSACD(スーパーオーディオCD)を生み出したし、再生機も、スピーカーも、100万円を超える製品が開発された。(値段は、上を見ればキリがない。)けれども、こうしたオーディオは、どちらかと言えば「高級な」製品であり、こだわりをもたない主流の購買層は、携帯音楽プレイヤーに流れたと言ってまちがいない。

こんな風に、iPodを始めとする携帯音楽プレイヤーが流行した理由としては、さきのMDのときに挙げた「携帯性」と「編集」できるという利点のほかに、さらに記録媒体が「大容量」になって、沢山の音楽をまとめて持ち運べるようになった点が挙げられる。

他方、こうした携帯音楽プレイヤーのデメリットとしては、まず、「パソコンを経由」させる手間が挙げられる。CD→パソコン→プレイヤーへと、音楽を移さなければならない。これはまどろっこしい。しかし、実際には、あまり面倒だという声を聞かないようである。理由はよくわからない。次に、「音質の劣化」がある。これらのプレイヤーでは、沢山の音楽を入れるために、CDよりも音質を落として、データ容量を小さくする方法がとられた。そのため、音質が悪くなる。けれども、大半の聴き手には、(緻密なクラシック音楽を静かな環境で聴くのでもなければ、)音質の劣化は気にならない、と受け止められたようである。現在、ほとんどの聴き手が、音質を落として音楽を携帯しているようである。

さて、ここまでの流れをまとめてみよう。90年代以後は、CDとMDが普及し、「携帯性」と自分で「編集」できる点が、聴き手に喜ばれた。さらに、2000年代に入ると、それに加えて「大容量」である点がポイントになった。こうして、音楽の聴き方は、沢山の音楽を、自分の好みの内容にして、持ち運ぶ、というスタイルへと収束してゆく。

2012年現在も、この傾向は続いている。iPodの売れ行きは、徐々に落ち込んでいるが、その理由は、主として、スマートフォンが携帯音楽プレイヤーの役割も果たせるようになったため、であり、音楽の聴き方の傾向は変わっていないと思われる。つまり、iPodがスマートフォンに置き換わる場面もあるだけで、携帯性・編集・大容量、を好むというポイントは変わらない。

では、これからの音楽の聴き方は、どんな風に変化してゆくだろうか? 現在、種がまかれ、次第に芽吹いていると思われる、新しい技術に着目しながら、その普及を予想してみよう。ここでは、家で聴くスタイルについても見ていく。

この1年、もっと短く半年をみても、目につくのは、ワイヤレス・オーディオの数が増えていることだ。「ワイヤレス・オーディオ」というのは、いま作った造語だけれども、その名の通り、ケーブルを使わないオーディオ機器を指す。具体的には、Bluetooth(ブルートゥース)と、無線LAN(むせんらん)を利用するものが挙げられる。

Bluetooth(ブルートゥース)は、小規模なデータを飛ばすやり方であり、たとえば、マウスやキーボードを、パソコンとケーブルでつながずに、使うときに用いる。この技術によって、音楽を「飛ばす」こともできるので、Bluetoothのスピーカーやイヤホンを使えば、再生機とは離れた状態で、ケーブルなしで、音楽を聴ける。

Bluetoothを利用して音楽をワイヤレス(無線)にするやり方は、数年前から使われてきたが、送信・受信のために、イヤホンが大きく重くなったり、プレイヤーがそもそもBluetoothに対応していなかったり、と不便な点、普及を妨げる要素が、いくつかあった。いまは、Bluetoothも軽量化したし、多くのスマートフォンやタブレットに実装されている。そして、なによりもBluetooth対応の製品が安価になった。(数千円のスピーカーもある。)これからは、スピーカーでもイヤホンでも、Bluetoothで音楽を「飛ばし」て聴く時代が来るだろう……。

ただし、Bluetoothにもデメリットはある。一つは、音質が劣化すること。現在の技術では、音楽のデータを、CDの基準よりも、小さくしないと、使えない。それで、音質が悪くなる。とはいえ、Bluetoothを高音質にする技術(apt-X)も開発されている。また、2000年代の「聴き方」史を通じて、音質の劣化は、ほとんど抵抗を持たれなかったことを考えると、この点はたいして問題にならないかもしれない。もう一つのデメリットは、値段の高さと、Bluetoothを搭載した機器(送信側も、受信側も)が少なかったことである。しかし、現在は、Bluetooth機器が廉価になってきているし、多くの製品に実装されてきている(聴き手が、わざわざ、その有無を気にしなくてもよいくらいに)ので、普及の鍵はそろっていると思う。

もう一つの技術、無線LANを利用するものについて。無線LANは、もともと、パソコンをワイヤレスでインターネットにつなぐために、普及した。これによって、ノートパソコンを、家中どこでも持ち歩いて使う、といったことができるようになった。この既存の無線LANを用いて、音楽を「飛ばす」技術が、最近、注目を浴びている。

この方式は、Bluetoothのような音質の劣化が起こらない、というメリットがある。それは、無線LANが、もともと大容量のデータを高速で通信する技術だからである。一方、デメリットとしては、まだまだ対応する製品が少ないことと、高価なことが挙げられる。付け加えれば、いまのところ、設定が面倒で、一般的なユーザーが、かんたんに使い始められるようにはなっていない点も、挙げられる。それゆえ、Bluetoothに比べて、普及の障壁はやや高い。

はじめて、この技術を製品化したのは、Apple社だと思う。少なくとも、いま、"AirPlay"(エアプレイ)というブランド名で先端をゆき、支持を得ているのは、Apple製品である。この技術は、実は、10年近く前から実用化されていたのだけれども、ほとんど日の目をみなかった。それは、当時、Apple社のMac(パソコン)を使わないとならず、また、Appleがオーディオのブランドとして、いまのように地位を築いていなかったためだろう。いまは、大ブレイクしている、iPhoneやiPadを使っても、AirPlayを楽しむことができる。

さらに、ここ1年から半年ほどの間に、Apple以外のメーカーも大きく動いている。いくつかのメーカーによって、無線LANを利用して音楽を「送信できる」製品と、とりわけ「受信できる」オーディオ機器が、続々と、製品化されている。その中で、低価格化も少し進み、先日、発表されたパイオニアのスピーカー(2012年8月下旬に発売予定。)は、25000円まで下がった。JVCケンウッドも、実売価格40000円ほどで、無線LAN対応のコンポ(CDやラジオも聴ける、スピーカー付きの再生機。)を発売する予定だ。ちなみに、これらのスピーカーやコンポは、iPhoneとiPadからも、音楽を受信できる。また、一般のパソコンからも、iTunes(ソフト)をインストールしたものであれば、これらの機器で、音楽を「受信」できる。今後、各社がこの技術を備えた製品を発売すれば、よりいっそう、低価格化と一般化を見込めると思う。

このように、今後の「音楽の聴き方」は、ワイヤレスが主流になっていくだろう。まず、イヤホンやヘッドフォンと、スピーカーでは、低価格のBluetooth製品が増えていくだろう。そして、家でゆっくり聴くときには、無線LANを利用したコンポやスピーカーが、より一般的になっていくと思われる。これからの「音楽の聴き方」のキーワードは、「携帯性」「編集」「大容量」に加えて、四つ目に「ワイヤレス」が挙がる、と考えても良さそうだ。