2013年3月13日水曜日

【物語】月夜の浮浪者


空も地も紺碧だった。夕暮れの後、まだ夜の帳が下りる前の得も言われぬ時刻。六本の白い柱も紺碧に染まっていた。ドーム型の屋根をもった大理石の小さな建造物。いまは、見向きもされなくなって久しい。ひとつの黒い人影が、ようやっとその床に腰掛けた。

そこへ、町外れから子供たちがやってきた。風の音に紛れて高い声をあげる。彼らは見慣れぬ人影を、遠くから見つけた。「誰だろう?」男だろう、いや、ひとじゃないんじゃないか。幽霊かもしれない。「おおい。」勇気のある少年が声をかけた。「あんたは何者だ?」月が丸屋根のうえに差し掛かっている。人影の顔は見えなかった。

「おい、待て近寄るな。」「人間じゃないかもしれないぞ。」「幽霊だ。」子供たちは口々に騒ぎ立てた。人影は、酒瓶を投げつけて、それがぱりんと前方で割れた。「ガキども、帰れ、帰れ。うるさいぞ。ここはおまえらの来るところじゃない。」わあ、と蜘蛛の子を散らしたように子供たちは逃げ出した。てのひらや腕で、わけもわからず顔を覆いながら。

けれど、小さな女の子の足がすくんだ。ちょうど建造物と子供たちの間で、べったりと地面に座り込んで泣き出した。子供たちは、「早く来い!」と呼びかけたが、女の子からだいぶ離れてしまった。戻ろうにも、みんな、人影がこわかった。少年のひとりが、勇気を出して引き返し、女の子の手を取った。だが、びいびい泣いて動かない。少年も、途方に暮れてしまった。

「やれやれ。」月夜の浮浪者が、ふらりと女の子のところまでやってきた。「おい、待て待て、おびえるな。」がにまたで、細い足をえっちらおっちら、運んできた。「そうこわがるんじゃない。なに、人間だよ。とって食うわけじゃない。ほら、泣くな。よしよし。」男は、近づき過ぎないように、そっと手を差し出した。そこには、なにかきらりと光るものが乗っていた。

「お守りだよ。真鍮のリングがついてる。ほら、もっていけ。おれには、こんなもの必要ねえ。金にもならないし、腹の足しにもならねえ。」浮浪者の手は月明かりにおぼろげで、頼りなさそうにこちらに差し出されていた。女の子は、こわくてもう泣き声も出なかった。少年が、さっとお守りをひったくるようにして取った。「いい子だ。」月夜の浮浪者は言った。「坊主、勇敢だな。そのお嬢ちゃんを連れてさっさとおうちへ帰りな。ほら、いい子だから。おれはな、ただ、あそこで休みたいだけなんだ。今夜、寝るのにちょうどいい場所だろ?」ふたりの子供は、そろそろと後退を始めた。浮浪者は辛抱強く続けた。「さあ、行け。大丈夫だ。なんにもこわいことなんかねえ。なんにも、悪いことなんか起こらねえ。こんな綺麗なお月さまの晩にはな。」ふたりは、さっと駆けだした。少年が女の子の手を握って。

男はまた、六本の柱の方へ、戻っていった。大理石の床のうえに、コートを巻き付けて丸くなった。夜が訪れて、月が明るく白い建物を照らし出した。