2014年3月16日日曜日

『雪のひとひら』を読む。

ポール・ギャリコの『雪のひとひら』を読んでみましょう。雪のかけらの生涯を扱った物語、それは長めの童話のようです。雪のひとひらは、はるか上空で生まれ、地上へと降りてゆきました。

 おかしなこと、と雪のひとひらは思いました。どちらをむいても、わたしとおなじ、生まれたばかりの雪の兄弟姉妹がこんなに大勢いるのに、それでいてこんなにさびしくてたまらないなんて。

雪のひとひらは思弁的な——自分を作った造物主への問いかけをときどき頭に浮かべながら、「旅」をします。春になれば解けて水となり、村里を抜けてゆきます。
 
 いましがた苔の上にうずくまる蛙のエメラルドグリーンを帯びていたかと思えば、つぎの瞬間には、小川におどるすばやい川鱒(かわます)のえらのひらめきを映して、つかのま真紅にそまったりしました。

こうした自然描写の美しさは、著者自身が体験したもので、単なる想像のなかの自然ではない、と思います。流れ流れて、雪のひとひらは水車へと落ちてゆきます。

 滝のざわめきと、巨大な水車の轟きと、がたんごとん、水勢におののきながらゆっくりとめぐる水車のあらゆる部分から発するものすごい軋み、唸りと、粉挽き小屋のなかの挽臼(ひきうす)のあらあらしい音とで、耳を聾するばかりのものすごさでした。

これも、ヨーロッパの村の実際の風景でしょう。さて、雪のひとひらは旅のなかで「雨のしずく」と出会います。彼もひとりで旅をしてきたのですが、ふたりは恋をして結ばれます。そこから物語は中盤に入り、幾多の危機や苦しみを迎え、そうして、「雪のひとひら」が空へと帰る場面で終わります。

訳者による解説では、最後の一文についての言及があります。それは、神様の言葉なのですが、

「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り」

というもの。原文は、"Well done, Little Snowflake. Come home to me now." だそう。これは訳し方の想像が広がる文です。たとえば、"Well done"は「よくやった」「がんばったね」といった訳もできなくはないでしょう。

そしてなにより、"Come home" "to me"のところに目がゆきます。なぜなら、これは雪のひとひらがさすらいの旅から安息の天へ帰る物語ですから、「この天上があなたの故郷だよ」という意味で  "home" の言葉は印象に残るからです。また、作中で、雪のひとひらは自分を作った造物主について、何度も思いを馳せていたのでした。それに対して、"to me" があるわけです。「わたしの懐へおいで」と。

こんな風に考えられるので、解説で原文を紹介してくれたのはよかったな、と思うのでした。

【書誌情報】『雪のひとひら』ポール・ギャリコ、矢川澄子訳、新潮文庫、1997年