2014年4月27日日曜日

僕の好きな俳句たち(2)

(1)に続いて、夏の句を行こう。

羅(うすもの)をゆるやかに着て崩れざる 松本たかし

山本健吉氏の評によると、「おそらくは中年の女人の夏姿である」。作者は泉鏡花の愛読者でもあり、「この句は鏡花の小説の挿絵」などの美人画の匂いがある、とのこと。「かな」「けり」で終わらずに、「崩れざる」と散文調なのも「ゆるやか」である。かつ、崩れそうな感じも出ている。

うすものを着て雲の行くたのしさよ  細見綾子

蕪村の「夏河を越すうれしさよ手に草履」に通じるところがある。ひらがなが多いのも、やわらかな生地や日差しを感じさせる。「うすもの」は夏の季語だが、まだ初夏じゃないだろうか。

ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火

「旅先で見たある町の花火の美しさが、何時までも心に残っている。夜寝てからも、闇の中にその花火が見え、胸の中にぱっと花開く。」と山本健吉氏。「ねむりても」の「な行」「ま行」のまどろみから入り、まぶたの裏のくらがりに「花火」をもってきて、「胸にひらく」と散文的にしめくくる余韻。

谺(こだま)して山時鳥(やまほととぎす)ほしいまま 杉田久女

この句は『ホトトギス』に投稿したときには没になり、毎日新聞では名句として選ばれたという。作者は「ほしいまま」の五文字を得るのに苦労したらしい。なるほど、突き抜けた感じや奔放さが、この句をふつうでないものにしているところ、評価も分かれたのかもしれない。

ひつぱれる糸まつすぐや甲虫(かぶとむし) 高野素十

子供がかぶとむしの角に結わえた糸を引っ張っても、かぶとむしがこらえる様子を描いた、と評あり。仮に、そのように全体像を描かなくても、大写しのかぶとむしとその角から伸びる糸を思い描くだけでも、面白い。ふたつの「つ」の音も子供らしさを表す。

翅(はね)わつててんたう虫の飛びいづる 高野素十

山本健吉氏は、「翅わつて」の動作は知っていても、それを言い取ることはなかなかできない、との評。まことにその通りだと思う。その始まりの五文字に句のおもしろさが表れる。

白牡丹(はくぼたん)といふといへども紅(こう)ほのか 高浜虚子

「中七の「いふといへども」と、おおらかに停滞した調子が」白牡丹に合う、と山本氏は言う。「大人(たいじん)の風格ある句」とも。ほんとうに、虚子はどこかぼやけたような句をゆったりと詠む。けれども、あとから生姜の辛さが染みてくるジンジャーエールのように、味わいは奧が深い。

0 件のコメント:

コメントを投稿