2014年9月30日火曜日

【俳文】札幌便り(23)

9月は病と旅に暮らす。名月の夜は、龍のような雲が流れるも、雨の降らなかった札幌。雲間の眼のように満月の明かり射した。

名月が北の大地へようこそと

いまもって居着かない北の大地にあらためて誘う。翌朝、

朝顔が忘れた頃に咲いて来た

関東では暑い盛りに咲く朝顔も、ここではだいぶ涼しくなった頃に一斉に咲く。

白樺の一葉落ちてまた静か

これは円山公園にて。「桐一葉」の季語もあるが、僕が佇んでしまうのはいつも白樺の雑木林。

柿ひとつ握りてどこか引っ越すか

「か」の音がぶっきらぼうになったが、引っ越しを考えている。それはそれとして、函館に旅に出た。

秋霖(しゅうりん)やキオスク白き始発駅

札幌発、特急「スーパー北斗」に乗り込む。旅の始まりはいつもどこか不安である。汽車は海沿いを南へ走る。

秋の海青から碧(みどり)へのキュビズム

ちょうど、キュビズムの絵画のように光が跳ねる。途中からまた雨が降り、やがて上がる。

道南に秋雨止んで青い家
秋の虹たもとあたりは五稜郭

函館では読書会を開いた。翌朝は浜を歩く。水平線のあたり、おぼろげに下北半島が見える。

この浜は芭蕉も見ずや秋彼岸

そう思うと不思議な気がする。芭蕉も北海道までは上陸しなかった。目を閉じて、

潮騒の右から左へ秋の海
空き瓶のなれの果て拾う秋の浜

ガラスや貝殻がよく見つかった。元町や十字街の方を歩く。函館の旧市街である。

倉庫にも蔦が絡んでカフェになり

この倉庫も百年以上の歴史があるのだろうか。レトロなお店で、三、四十年前のコーヒーカップをひとつ買って帰る。また円山公園で白樺のかたわらに佇む。

ゆく秋を二匹の犬が見守りぬ

同じように立つ犬の飼い主がいた。

赤とんぼ耳にぶつかってごめんよ

小さなのがたくさん飛ぶ。膝をくぐり、耳にぶつかる。そこへ、一陣の風が吹いた。

バツンバツンどんぐり渡し吹きにけり

土の上、アスファルトの上へばらばらとどんぐり(櫟ではなく、楢の実)が落ちる。これは毎年、この時期に吹く風で「どんぐり渡し」「どんぐりこぼし」と勝手に名づけている。そうかと思うと、静かな橋の上。

足音のたれかと思い黄落や

かさり、かさかさと紅葉ゆく。家に帰って梨を剥いた。

梨ざりりつるるしゃきしゃき甘いこと

切って、剥いて、噛む。そういえば、いつか母が花梨の実を煮込んでいたことを思い出した。

なりそうでジャムにならずや花梨の実

蜂蜜漬けにしたのだったろうか。