2015年1月3日土曜日

【童話】右手が眠ってしまった男の子

みなさんはオーロラのおはなしを覚えていますか。
わたしが、かわいそうなオーロラ、エルメス・アウロラと歌った、女の子のおはなしです。
今日は、あのオーロラのおはなしを聞いた男の子のおはなしをしましょう。
男の子の名前は、ピティンと言います。

***

ピティンは元気な8才の男の子でした。よくボール蹴りをしました。
ものしずかな男の子でしたが、よく友達と遊んでいました。
いつもはにかむように笑っていて、おとなしく立っていました。
心やさしい少年でした。

ピティンは書き取りもよくできました。
むずかしいアルファベットや漢字や、なにやらを書きました。
そして、ちょっと聞いてほしいのですが、ピティンは右利きでした。
右手でペンを持ったのです。

ある朝、ピティンが起き上がると、右手だけがまだ寝ていました。
ピティンが目を覚まし、「ふあ〜あ」とあくびをして、ぐいっと背伸びをして起き上がっても、右手はふわりと垂れ下がったままなのです。
まったく力が入りませんでした。

そのまま、ピティンの右手は目を覚ましませんでした。
昼も夜も眠ったままでした。
ピティンの右手はそっと胴体に寄り添ったまま、動かなくなってしまったのです。
温かいまま、肌はつややかなまま、眠っています。

ピティンは左手で字を書こうとしましたが、ジグザグしてうまくゆきません。
ボール蹴りをしてもバランスがとれません。
学校ではからかわれました。それでも、にこやかに笑っている、ピティン。
右手が眠ってしまった男の子、ピティン。

翌朝、ピティンはノルウェーを目指しました。
そこには、ひかりの女の子オーロラがいると聞いたからです。
かわいそうなオーロラ、エルメス・アウロラの歌を、おはなしを聞いたのでした。
だから、ぼくもそこへゆこう。

いま頃、オーロラはどうしているのでしょう。
ピティンはスケート靴を履きました。ピカピカのスケート靴でした。
スイスイ、氷の上をすべりました。凍った川の上を、青い空の果てまで
ピティンはスケート靴で走りました。

パーンと音がしてスケートがはじけました。
紐の結び方が弱かったのか、左の靴が飛びました。
ピティンは白い川のうえに転んで、夜空を見上げました。
そこには、ひかりの帯がかかっていました。

「オーロラ!」とピティンが呼びかけました。
「きみの歌を聞いたよ。エルメス・アウロラ。ねえ、降りて来てよ」
ピティンが名前を呼ぶと、オーロラはいつの間にか
虹色の少女の姿でピティンのすぐそばに立っていました。

「こんばんは」
「ぼくはピティン。右手が眠ってしまったんだ」
「どれ?」
「ほら」

ピティンが立ち上がると、オーロラはその右手に触れました。
ひかりの手で。その手はピティンの右手を掴んで、そうっと持ち上げました。
オーロラの手は、なんだってすり抜けてしまう、ひかりの肌でできているのに、
いまはピティンの右手をしっかりと支えました。

「ありがとう」
「どう?」
「目が覚めたよ」
「うごく?」

ピティンは右手を開き、手のひらを見せ、そして手の甲を見せました。
右手が眠ってしまった男の子、ピティンはもとに戻りました。
オーロラは左手をピティンの右手に重ねました。
ピティンがオーロラに言いました。

「帰ろう」
「うん」
「ノルウェーの北の果てから、戻ろう」
「もといたところへ」

こうして、ふたりはひかりの帯が消えた空の下、歩いてゆきました。

***

これで、オーロラとピティンのおはなしはおしまいです。
いちどはノルウェーの空で歌っていたオーロラも
右手が眠ってしまった男の子ピティンも
自分のいた町へ帰って行ったのです。