2015年12月9日水曜日

【本と珈琲豆】ナボコフ自伝 記憶よ、語れ


ウラジーミル・ナボコフ60歳頃の自伝。執拗なほど緻密な記憶の持ち主。

「ここに発表するヨーロッパでの想い出の記録はあたう限りの事実である。違いがあるなら、芸術上の粉飾のためでなく、記憶の誤りのためである。」というはしがきから始まる。


ところが、そこから扉を開くとめくるめく万華鏡のような記憶の蘇りは、プルーストよりも細微に渡り、創作された小説のように美しく揺らめきながら輝き出す。

こんな宣言が本文の初めの方にある。

「……人生を楽しく生きていくためには、想像を楽しみすぎてはいけないのだ。/だが私はそれに反逆する。公然と反逆して、自然に抵抗しようと思う。(中略)私はなんどとなく過去をさかのぼっていった」

「幼年時代を探ると(それは自分の永遠性を探る次善の方法なのだ)、まず最初は、意識が閃光となってときどき間欠的にゆっくりと光り始める。それから間隔がだんだんつまってきて、それが記憶のきらめく断片になり始める。」

美しい記憶論が、哲学的というよりも文学的に置かれる。

本文から適当に引用して、ナボコフの流麗な文章を楽しもう。(訳者も素晴らしい。)

「だが彼女のフランス語は非常に美しかった。ラシーヌの敬虔な詩が知らぬ間に犯す頭韻の罪のように、彼女の真珠のような言葉も知らぬ間に美しい音や火花を放っていたのだから、彼女の教養の浅さや気性の強さや精神の陳腐さなど実はどうでもよかったのだ。」

これは少年時代の家庭教師への言及。次は、ナボコフが大好きだった蝶について。

「バスク語で蝶はミセリコレテアということーーいや、少くともそんな風に聞えたのだ(その後辞書で調べてみると、七つほど言葉があるなかでいちばん近いのはミシェレテアだった)ーーを教わったのは彼からだった。そしてそのとき以来ガラスの小箱に入れて記憶のなかに大事にしまっている。」

解説によると、「敬愛する両親のもとで、洗練されたもの、美しいものだけに囲まれて生きている、蝶に魅せられた、自然への鋭い観察眼を持った、風景の美に敏感な、想像力豊かな少年」であり、「生活圏はヨーロッパ全土に広がって」いたというナボコフ。ロシア革命とともに亡命生活が始まり、最終的にはアメリカへ落ち着き、英語で小説を書く。

透徹した知性と豊穣な感性の双方に満ちあふれた素晴らしい自伝である。

【書籍情報】
『ナボコフ自伝 記憶よ、語れ』、ウラジーミル・ナボコフ、大津栄一郎訳、晶文社、1979