装丁の美しい河出文庫だ。生前、未刊行だった短いエッセイを集めたもの。ひとつ4,5頁で読めてしまう。3つほど、印象に残った箇所を。。。
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イタリアの港町、ジェノヴァは発音はジェノワにより近いらしい。
「近年、海運が昔ほどさかんでなくなって、すこしさびれたという人もあるけれど、ブルージーンズのジーンズは、ジェノワのフランス語読み、ジェーヌが語源で、「ジェノワ綿布」を意味し、むかし、ジェノワからアメリカへ輸出された木綿地」……
これは知らなかった豆知識。
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まだ終戦後、二十歳になるやならずで夜行列車に乗ったときの追憶。
「そのとき、まったく唐突に、ひとつの考えがまるで季節はずれの雪のように降ってきてわたしの意識をゆさぶった。
≪この列車は、ひとつひとつの駅でひろわれるのを待っている「時間」を、いわば集金人のようにひとつひとつ集めながら走っているのだ。列車が「時間」にしたがって走っているのではなくて。(中略)
列車がこの仕事をするのは、夜だけだ。夜になると、「時間」はつめたい流れ星のように空から降ってきて、駅で列車に連れ去られるのを待っている≫」
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ピノッキオのエピソード。
「じつは、イタリアの子供も、ピノッキオの話は、ふつう子供用に書きなおした絵本や、今日ならディズニイの映画で知る。もとの本は、古典的でじつにりっぱな(しかも百年まえの)イタリア語で書かれているので、現代では、よほど文章に興味のある人でもなければ、ちょっとやそっとで読みこなせない。」
それでも、イタリアではよくピノッキオが会話に出るので、愛されているものらしい。
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雑多な感想になったけれど、『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』等々のエッセイからこぼれ落ちたような小さなささやきに耳を傾ければ、そこは須賀さんの世界である。
【書誌情報】
『霧の向こうに住みたい』、須賀敦子、河出文庫、2014