2016年11月14日月曜日

【リュート絵画】聖チェチリアがリュートを奏でるまで

『天使とは何か』(岡田温司)には、音楽の守護聖人である「聖チェチリア」について長く論じた箇所がある。そこから、リュートの絵画史を拾ってみよう。

聖チェチリアは、ローマの貴族の家に生まれた。結婚することになったが、地上で奏でられた祝いの音楽よりも、天の調べに心打たれ、処女を守り通して殉教したと言われる。

この話が、ボエティウスの「宇宙の音楽」(ムジカ・ムンダーナ。ひとの耳には聞こえない)と「楽器の音楽」(ムジカ・インストゥルメンタリス。地上の音楽のこと)の対比で解される。聖チェチリアは「宇宙の音楽」の方を尊んだ、と。

そのため、はじめ聖チェチリアは、地上の音楽である「楽器」を捨てる姿で描かれる。

聖チェチリアの法悦

これはラファエロによる「聖チェチリアの法悦」(1514年)。聖女は、いろいろな楽器を地面に捨て去り、いまオルガンからも手を離そうとしている。彼女が目を向けるのは天使たちの声楽である。

これより前、オルガンを奏でる聖チェチリアはすでに描かれていたが、それは天使や聖人と並んでであって、あくまで天の調べを奏でる、という様子であった。

聖チェチリアと天使
しかし、バロック時代になると様子が変わる。これは1610年頃に描かれたカルロ・サラチェーニによる「聖チェチリアと天使」。ここでは、リュートを調弦しているし(隣はコントラバス)、天上の音楽もすでに描かれていない。いわば、聖チェチリアは天の調べから独立して、地上の楽器を奏でるようになる。

* ちなみに、天使がリュートを奏でる絵であれば、すでに15世紀にも描かれている。だが、聖チェチリアとリュートの結びつきは17世紀を待つことになったようだ。

天使とリュートの例:メロッツォ・ダ・フォッリ「キリスト昇天」(部分)1472年頃。

参考文献:『天使とは何か』、岡田温司、中公新書、2016