2017年2月7日火曜日

【本の紹介】『いつまでも美しく インド・ムンバイのスラムに生きる人びと』

著者のキャサリン・ブーは、インド人の夫をもつ米国のジャーナリストでピューリッツァー賞の受賞歴もある。インド、ムンバイのスラムを取材した本作で「全米図書館賞」を受賞する。


本作は、4年間の綿密な取材に基づきながら、インド最大の都市ムンバイの、空港そばにある小さなスラム「アンナワディ」の生活と人間模様を描いたノンフィクション。

帯の推薦文をアマルティア・セン(ノーベル経済学賞)と大野更紗さん(『困ってるひと』がベストセラーになった作家)のふたりが寄せているのも面白い。

著者あとがき(ここから読むことも勧められる)によれば、キャサリン・ブーは、体に不調を抱え、取材活動が困難になるなかで、あえて言語もわからないムンバイでの取材を決意したという。その理由のひとつは、インドに関するノンフィクションは数種類あれど、低所得層のとくに女性と子供に注目したものが、見当たらなかったからだという。

本作では、アシャ(女性)とその娘マンジュ、フセイン一家と、なかでも稼ぎ手の少年アブドゥルに焦点を当てながら、周りの少年たち、障害を抱えた大人を丁寧に描いてゆく。

僕が個人的なショックを受けたのは、小さなコミュニティのなかで助け合うよりも、お互いに足を引っ張り合うスラムのひとびとの姿、そして、腐敗して、スラムからさえ搾り取るためにどんな不正も厭わない政治家と警察の有り様だった。

実際、「ムンバイで起きていることは、インド全体で起きていた」(グローバル市場資本主義のもとでは)「ともに苦境にあるという意識も薄くなる」「わずかな、一時の利益をめぐって、貧しい者同士が必死に争いあう」と著者も書いている。

しかし、大野更紗さんのコメントの通り、「自らを表現する言葉をもたぬ人に言葉をもたらした」このような取材と本が存在すること、その丹念な取材が冷静な文章として結実したことは、力強い支点がここにある、と感じさせる。

『いつまでも美しく インド・ムンバイのスラムに生きる人びと』、キャサリン・ブー、石垣賀子訳、早川書房、2014