金子光晴の詩集を読んでいて、好きな詩があった。友とコーヒーとを詠んだ短いもの。紹介したい。
山之口貘君に
二人がのんだコーヒ茶碗が
小さな卓のうへにのせきれない。
友と、僕とは
その卓にむかひあふ。
友も、僕も、しやべらない。
人生について、詩について
もうさんざん話したあとだ。
しやべることのつきせぬたのしさ。
夕だらうと夜更けだらうと
僕らは、一向かまはない。
友は壁の絵ビラをながめ
僕は旅のおもひにふける。
人が幸福とよべる時間は
こんなかんばしい空虚のことだ。
コーヒが肌から、シャツに
黄ろくしみでるといふ友は
『もう一杯づつ
熱いのをください』と
こつちをみてゐる娘さんに
二本の指を立ててみせた。
***
これで全文。勝手に引用してしまった。いたく気に入ってしまった。金子光晴の詩は、腐敗や死、女をモチーフにしたものが多いようで、鮫の凶暴性なども顔を出し、貧窮しながら放浪生活を送った人生に合っているようにも、後世は思う。
全体にじめじめとなまぐさく暗い詩が多いなかで、自分の子供や友を詠んだこんな詩には肯定的な心、喜びを感じられる。
『金子光晴詩集』(現代詩文庫)、思潮社、1975