2019年9月8日日曜日

【ひと】「ダメ出し」されて助かる話


ここのところ、ストレートな「ダメ出し」をよくもらう。

7月くらいから編集業の手伝いをお願いしているCさんは、しょっちゅうダメ出しをしてくれる。

「昨日のメールは文意が曖昧でしたね」

率直に、ズバズバ言ってもらえると助かる。顔を合わせる機会も多いので「文字だけでやりとりして気まずくなる」こともない。

***

先日、『ちょっと木になる童話集』(リトルプレス)を出して、何人かの方から好意的な感想をいただいた。ひとりだけ、批判を寄せてくれたひとがいた。


10作品のなかで、作者として一番気に入っていた「沖縄の氷」という作品は、北海道も舞台にしているが、その北海道と「アイヌ(の伝説)」の扱いが適切ではないのでは、という内容。

しかも、万年筆で達筆な文字を綴り、したためてくれた。

これには心から感謝した。ご当人はあとから「ご不快ではないですか」とフォローしてくれたが、イラッとしたり、不愉快に思ったりはまったくしなかった。じぶんひとりでは気づけないことだった。

***

大人になると、まっすぐにものを言ってくれるひとはほんとうに貴重だと感じる。

2019年9月1日日曜日

【仕事】近刊『平成の文学とはなんだったのか』9月上旬発売


編集を担当した『平成の文学とはなんだったのか:激流と無情を越えて』(重里徹也、助川幸逸郎共著、はるかぜ書房)が9月上旬に発売となります。

これまでにも戦後の文学史をたどった本はありますが、「平成の三十年」の文学を明らかにした本はこれが最初かもしれません。対談メインで読みやすく、扱う作品の幅も広いです。

「体系的・教科書的」な本ではありませんが、純文学を中心に「網羅性」はかなりあるのでは、と思っています(著者の先生方がそうおっしゃるかはわかりません)。10のトピックを立てて(村上春樹、震災後文学、令和の書き手など)自由自在、縦横無尽に語り合います。おふたりの読書量と知見の豊かさに驚きました。

ぼくは編集者の特権(?)ではないですが、ゲラの段階で何度も目を通します。そのたびに、もう読んだ内容なのに、「はっとする」瞬間が多々ありました。なにげない一文、本筋から逸脱したような語りのなかに、時代の真実が映し込まれている、と感じるのです。

この本がよい航路をたどって多くの方のもとで楽しまれますように!

2019年8月26日月曜日

【ひと】「ガンガンいこうぜ」対 "JAPANESE MANNER"


今年、「大物」の社長と話す機会があった。「おお、木村洋平!」と最初の挨拶からフルネームで呼ばれた。

まったくの「攻める」ひとで、おおらかに自己開示し、「じぶんはこういう人間だ」「おまえの本は読んだ。おう、おまえはどういう人間だ」という話しぶり。そして、ごきげんな笑顔。

2019年8月18日日曜日

【街】町田のインキュベーション&シェアオフィスAGORAはこんなところ!

8月1日、町田に新しくインキュベーション&コワーキングスペース&シェアオフィスの(長い。笑)"AGORA" ができました。

ギリシア語で「広場」ですね。


2019年8月16日金曜日

【ブログ】about 更新

本ブログの about(=プロフィール、札幌EDITの紹介)を更新しました。

スマートフォンからだとわかりづらいのですが、「ホーム」をタップするとメニューが出ます。

なお、読書会その他のイベント活動については「本のカフェ」ページをご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

2019年8月4日日曜日

【日常】夏のアイテム


早いうちから、ぼくは日傘を差します。ハンズで買ったUVカットの折りたたみ。

そして最近、カリマーのネックゲイター(首巻き)も使い始めました。登山用品ですね。

よくある「しろくまのきもち」などの、細長く首に巻くものより、ずっとパフォーマンスがよいです。

これ:http://www.karrimor.jp/products/detail.php?product_id=1123

ついでに、NORTH FACEの帽子もほしいなと思ったけれど、本を買ってしまいます。


ナショナル・ジオグラフィック8月号は、移民がテーマでした。素晴らしかった。

2019年7月13日土曜日

【仕事】現在、編集にたずさわっている本

紙と色の見本帳

ときには、仕事の話も。いま、編集業でたずさわっている本について。


上からみると、ポール・スミスのような柄

詳細はまだ明かせないわけですが……

*日本の文芸批評(やわらかくて、ユニーク)
*マインドフルネスと精神医学(学術・翻訳)
*大正期の文芸復刻(シリーズ化の予定)
*現代フランス思想、20世紀の哲学者の紹介(入門書よりもう一歩、先へ)
*ファンタジー小説(新人作家さん)

その他、編集以外のお仕事もあるのですが、それはまたべつの機会に書けるでしょうか。

明日は、「紙博」(http://tegamisha.com/news/78321/)に行ってきます。
楽しみ!

2019年7月10日水曜日

【新作CD】「歌の蒐集家たち」永田斉子 Lute


永田斉子さん(リュート、月琴奏者)の新作CD「歌の蒐集家たち "Song Collectors"」を(こちらで)購入。

2019年7月8日月曜日

【新刊】紙版『ちょっと木になる童話集』

Kindleで出版していた(2017)、『ちょっと木になる童話集』の紙版を制作しました。

文庫サイズ
ご所望の方は、わたし個人宛に連絡(メール、LINEその他)ください。* 販売サイトはありません。

定価:500円(+送料100円)

お支払いは銀行振込になります。
(* お振込手数料をご負担かけてしまいます。)

クリーム色の紙で、52ページ
〜・〜・〜・〜・〜
<紹介文>
大人向けの童話集です。アンデルセンや宮沢賢治の好きな著者が、書き溜めた作品から十篇を選びました。神話的な雰囲気のもの、民話的なもの、詩のようなもの、短編小説風のものなど取り揃えました。

<目次>
靴磨き
沖縄の氷
グリーンスリーヴス
まぬけのハンス
トプカプ船長と40人の愉快な海賊
インドの娘が北欧まで、アイスクリームを食べにゆく
ロシアの踊り子
h(アッシュ)
ゆうやの作文
星の木

どうぞ、大人向け童話ならではの独特な世界をお楽しみください!
〜・〜・〜・〜・〜

ちなみに、Kindle版はこちらです。
よろしくお願いいたします。


【ひと】いいカオしてる

JAZZのデューク・エリントン

まちの雑踏のなかで、ときどき、凛とした顔、すがすがしい表情、なんとなく笑顔で歩いているひとをみつける。
□ □ □

東京では、たいていのひとは、友達や家族といるのでもないかぎり、むずかしい顔、無表情、固まった顔をしている。

だから、「いいカオをしている」ひとによけい出会いたい。

顔の造作は生まれつきだが、「表情」はじぶんで作れる。
ただし、ひとときではなく、ふだんから意識すれば、だけど。

誰だって笑顔は素敵だし、ふとした面持ちに、そのひとの生き方が垣間見える。

いいカオができるのは、人徳だ。トモダチになりたくなる。

2019年6月11日火曜日

【俳句】五月、六月──俳号は「季白」

今回は、俳句のはなし。


俳句を始めて10年近く。これまで本名を使ってきたが、思い立って俳号をつけた。

円山季白(まるやま きはく)とした。

「円山」は札幌にある小さな山の名。ゆかりの地。

「季白」は、白い季節。雪や冬、北海道を思って。
じつは唐の大詩人、李白(りはく)にもあやかったつもりだが、字面も似てゆきすぎかもしれない。(芭蕉の弟子「其角」(きかく)らしい響きもよし)。

さて、気魄ある作句を心がけて。

〜・〜・〜・〜・〜

今年、初夏から梅雨にかけて詠んだ句。
いま、破調(五・七・五で切れない)に挑戦している。

せせらぎはよぎる夏の蝶の羽音

小川のほとり。

仄白い紫陽花咲き額のない絵

ほのじろい、まだ咲き始め。


みほとけの諸手に包んだ紫陽花

もろて。両手。

待つ者の顔はつね静か梅雨入り

つね。常、いつも。

ひなげしの赤降る頃や西の空

小さなひなげしは儚く風に揺れ、その朱色は夕空に似る。

青さ灰を知る空や梅の実生る

これは複雑すぎる。青灰色の空の下、梅の実が色づく。

どくだみやカラス少年を乗せけり

「夏風やカラスは少年を乗せて」のほうが爽やか、か。

蚊をつぶしてしまうわるいことしたな

つい。

六月の二日暦をめくりけり

一日遅れ。

アーケードなす葉桜のひと昔

句意は、ぼくにもよくわからない。緑のトンネル。

空から無音降り注ぐ夏の夜

流れ星のように静寂が降る。

ひとすじの雲ゆけば七月の水

「行雲流水」の心地を詠んだ。「七月」は気が早い。

くずれてひかり残してや月見草

月見草は夜に開く。明け方、しぼんでかたちのつぶれた花も、まだ光を宿していた。

季白

2019年6月5日水曜日

【日常】蜘蛛太のはなし


去年から、蜘蛛を飼っている、わけではないが、部屋に出るのをただ眺めている。

去年の夏頃だったか、蜘蛛太(くもた)が来た。
ぼくの部屋は和室なので、小さな蜘蛛はちょっとした風情がある。

「殺す」なんてとんでもないし、窓の外へ出すのも手間だから、ほうっておいた。すると、毎日のように机のまわりに出てくる。

そのうち、「蜘蛛太(くもた)」と名前をつけた。

□ □ □

冬のあいだ、蜘蛛太は姿をくらました。
春になると、蜘蛛の子が何匹も出た。

「くもたろう」
「くものすけ」

そのうち、名前のストックが尽きて、すべて名無しになった。
アガサ・クリスティではないが、「そして、みないなくなった」(蜘蛛の子だけに「散った」)。

いま、机のうえにそれほど小さくはない蜘蛛が一匹いるので、それを新しい「蜘蛛太」と名づけた。

今年もよろしく。

(ただし、区別はつかない)。

□ □ □

* 哲学者のスピノザは、部屋の隅で、蜘蛛を戦わせて楽しんでいたらしい。だけど、どうやったら「戦う」のか、ぼくは見たことがない。

2019年6月3日月曜日

【思想】バイオフィリア(生命愛)


緑に触れると心が安らぐ。
『Nature Fix』という本によると、健康にもなるそうだ。

□ □ □

以下、その本からの孫引きで申し訳ないが……

バイオフィリア(生命愛)とは、エーリヒ・フロムの造語で1974年に提唱された。

「生命とすべての生きているものに対する情熱的な愛である。それは人間であれ、植物であれ、思想であれ、あるいは社会集団であれ、その成長を促進しようとする願望である。」

その後、どこかのウィルソンさんが

「人間が他の生きた有機体と情緒の面で生まれつき密接な関係を持っていること」

とバイオフィリアを再定義したらしい。

□ □ □

フロムは、『愛するということ』(原題:The Art of Loving)がいま大人気で、あとは『自由からの逃走』も有名な社会分析だろう。

ぼくはフロムは何度読んでもピンとこない。けれど、さほど難解なことは言わないので、「よいひとすぎて(ヒューマニストすぎて)気が合わないかも」と思っている。

ともあれ、バイオフィリアという言葉は素敵じゃないだろうか。

□ □ □

ちなみに、アイスランドの歌姫ビョークも「バイオフィリア」というアルバムを出していたっけ。

──「あらゆる色相の緑はぼくを元気にしてくれる」と思う五、六月です。

トトロっぽい森

2019年6月2日日曜日

ディスられた話(?)

「褒められた話(?)」につづいて、ディスられた話。

大きめのひなげし

初対面の女性と会って15分足らずで

「木村さんは世の中の八割……いえ、九割二分のひとは苦手!ってくらいATフィールド(心のバリア)強いんじゃないですか!?」

と言い放たれた。

つまり、世間的なつきあいがほとんどできない、ってことじゃないか。

* ちなみに、「ATフィールド」はアニメ「エヴァンゲリオン」の用語。

どうかな?

ぼくは基本的にひとが好きだよ。

□ □ □

さて、上のエピソードをTwitterでつぶやいたら、つきあいの長い友人からリプライが来た。

「わたしからすれば、木村氏のATフィールドはゼロなのですよ、本当に。」

誰に対しても心を開けるひと、ということだね! ありがとう。

……でも、それって真っ裸みたいなものじゃないか? それはそれでよいのか?

□ □ □

おふたり、それぞれ鋭い直感をお持ちのようです。
どっちなのか、じぶんではわからない。

* ぼくはおふたりとも好きですよ。念のため!

褒められた話(?)

去年、知り合った女性の友人とタリーズでお茶をする。

写真はてきとう

彼女はぼくのことを買ってくれるのだが、褒め方がユニーク。

「木村さん、じぶんでは気づいてないでしょうけど、アウトローたちのカリスマですよ」

そんなこと、考えたこともなかった。

「木村さんはこれまでに失ってきたもの、犠牲にしてきたものがきっと多いから、ごじぶんのエッセンスや核が残っているんですよ、いま」

そうかもしれない。ぼくは『遊戯哲学博物誌』(哲学書)の完成のために20代をすべて賭けたようなものだ。

「『遊戯哲学』は変人たちのバイブルですよ!」(力説)

これには声を出して笑ってしまった。

今日は、貴重なお時間をありがとうございました。

2019年5月27日月曜日

【イベント告知】哲学カフェ@池袋6月22日(土)


こんにちは! 哲学カフェを開くのは、久しぶりです。
作家、編集者、ライターの木村です。

【概要】
日時:2019年6月22日(土)14時〜16時半(その後、二次会あり)
場所:池袋のフリースペース(池袋駅から徒歩10分ほど。個別に連絡します)。
定員:12名
参加費:500円

テーマ:ファンタジーは人生にとって大切か?

進め方:人数によりますが、4名ずつ、チームに分かれる「ワールドカフェ」方式を使おうかと思っています。多少、ワークショップぽくなるかも。
⇒ 人数10名に満たないため、ひとつのテーブルで話そうかと思います(追記:6/21)。


さて、ファンタジーについて、作家のマーク・トウェインはこんな言葉を残しています。
(*正確な引用ではないです)。

「ファンタジーがなくても、ひとは生きていくことができる。だが、ファンタジーをなくしたら、ほんとうの意味ではおしまいなのだ」

──興味深い警句(アフォリズム)です。

1.ファンタジーは大切なのか?
夢、空想、物語、芸術(全般ではないにせよ)、現実でない話をすること、希望……そうした「ファンタジー」は、やはり人生において重要でしょうか。それとも、さほどではないでしょうか?

2.ファンタジーとはなにか?
これはサブテーマです。哲学カフェでは「定義」を追いかけ出すとキリがありませんから。

ただ、「ファンタジー」と言っても、「ハリー・ポッター」や「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」等々の「ザ・ファンタジー小説/映画」にかぎらず、広く考えてよいと思っています。

以前、「小川洋子さんのようないわゆる純文学の作家だって、現実には起こらなそうなことを書いているのであり、それだって、"ファンタジー" と呼べるのでは」といった意見を聞いたこともあります。

〜・〜・〜・〜・〜・〜

今回も、「本のカフェ」で使っていた、「安心ルール」を適用します。セキュリティ・ポリシーとして参加者の安全のため、ご一読ください。

また、今回は哲学カフェを主宰しているエスプリ・プロジェクトさんのご協力を得て、開催します。

お申込は基本、メールですが、個人的に木村の連絡先を知っている方は、LINEなどでもよいです。
kimura.youhei.01あっとgmail.com

それでは、お会いできるのを楽しみにしています!

主催:木村洋平
協力:エスプリ・プロジェクト


2019年5月25日土曜日

【哲学エッセイ】世界に対する信頼があるか、ないか


Twitterで見かけた話で申し訳ないけれど……

「好きな女性に "好きなタイプの男性はどんなですか?" とたずねてみたら、"世界をうらんでいないひと!" という答えが返ってきてショックを受けた」

「世界をうらんでいない」という表現。

□ □ □

世界に対する信頼があるか、ないか。

漠然とでも「世界は信頼に値する」と思えるととてもいい、そう思えるひとでいたい──と、ときおり考える。


少なくとも世の中には、そう思わせてくれるひとがいる。
「ああ、じぶんの回りのこの世界を信じたっていいんだな」と。


そしてまた、信頼される世界の一部にじぶんもなろう、とも思う。




ひとりひとりすごいところ


人間って、ひとりひとりすごいところがあるな〜と思う。
ひとりずつ、具体的にみつけていくんだよ。

□ □ □

ぼくが言いたいのは、博愛とか平等とか、人間の尊厳とか人権といった話ではぜんぜんない。

ただ、「どこにでもいそうなひと」がつきあってみると、はじめは気づきもしなかった魅力やおもしろさをもっている、そういうことがざらにある。

一見して、ぱっと見で、第一印象では、わからないこと。
気づいていけるだろうか。ゆっくりと時間をかけて。


ナチュラリストに連れられて──横浜散策

氷川丸

真夏日の今日、友人のナチュラリストに連れられて、横浜を散策してきました。港の見える丘公園から大桟橋まで。


薔薇園はにぎわい、ネモフィラにはっとしました。



山下公園の木陰で、ぼくがウクレレを弾くと、彼は木にもたれかかって、そのまま寝てしまいそうでした。

ぼくは暑さ対策をずいぶんして行ったのですが、彼はサンダルにボディバッグ、いたって身軽な出で立ち。ちなみに、鞄の中身は2冊の本でした。

「この時期になると、寝袋なしでも海岸で眠れますよ」

それはキャンプというより、野宿。

日々、筋トレしてプールで泳ぎ、再来週はボートを漕ぐそうです。

しかし、べつに筋肉質になりたいわけではなく、週末のお出かけではよく季節の草花を鑑賞しているそう。

その自然への愛は、ぼくに(『森の生活』を書いた)H.D.ソローを連想させます。

どことなくスナフキンですね。

今日はおつきあいありがとうございました。

2019年5月22日水曜日

グラナダの密度と重力

『孤高のリアリズム』

画家、戸嶋靖昌(としま・やすまさ 1934-2006)の画集を観る。
40歳の頃スペインに渡り、小村に一年、その後、グラナダに拠点を移す。25年以上を向こうで過ごした。

バロック絵画に惹かれた戸嶋の絵には、たとえばレンブラントの趣がある。けれど、一番強く「残響」を感じるのはセザンヌ。ときに、ルオーを思わせる絵も。

その絵にはどれも凄みと落ち着きがある。長い時間を閉じ込めた絵だ。その土地に暮らした、というひとだけが描ける土地の空気、風土。グラナダの密度と重力。

とりわけメンブリージョ(西洋花梨)を好んで題材としたが、そこには音楽性がある。花梨の腐る過程までをも描き、「見捨てられたものの中に、美しいものがある」という言葉を残したそうだ。

参考:戸嶋靖昌記念館ホームページ

2019年5月19日日曜日

母語のアイデンティティ

写真は、べつの友人の新刊
カナダに住む友人とおしゃべりする時間あり、母語の大切さについて教わった。

□ □ □

「わたしにとっては、日本語がアイデンティティなんです」と友人は言う。
そして、インターナショナルスクールに行った日本の子供の話をしてくれた。

その子は小学校の頃から英語を学ぶ環境にいたが、成人しても基本的な漢字が読めない。結局、国際結婚をして英語圏に住むが、ネイティブからは「あなたの英語力は足りない」と言われる。

そのひとには「じぶんの母語はこれだ」と思える言語がない。拠り所がない。それはアイデンティティに直結する。

六カ国語を話せても、ひとつの母語をもてないひともいる。

そもそも、こんな話はすでにもっと著名なひとが語っていることなのだが。第一言語を大事にして、マスターすべきだよ、と。

□ □ □

では、母語が身についた、と言える基準はなにか。

それは、他人から言語について欠点を指摘されたとき、ほんとうに迷うか、ぱっと振り切れるか、だという。

実際に、カナダにいて、じぶんよりも漢字にくわしいカナダ人から「あなたはこんな漢字も読めないの? 日本人なのに!」と言われたことがあるらしい。けれども、「それは読めなくてもかまわない漢字で、一般に読めないひとも多い」と思える。そのことでアイデンティティは揺らがない。

でも、第二外国語である英語はちがう。友人はすでに20年か、30年は英語圏に暮らしているが、英語のまちがいを指摘されると「わたしが常識的なことを知らないのではないか?」と迷いが生じる、という。

そこが「母語」たりえるかどうかの、大きなちがいらしい。

□ □ □

カナダの友人は「日本の学校教育はすごくしっかりしている」と言っていたけれど、これから、いろいろな面でおおいに変化するかもしれず、また変化せざるをえない部分が増えるだろう。

ことば。

言語。

母語。

自分を支えるもの。じぶんのからだに、思考に、こころに、染みわたっているもの。

2019年5月13日月曜日

思いつくまま


文芸のひとらしい発言をしようと思って、文芸のひとらしい発言をする。

詩的なことばを書きつけたくなって、詩的なことばを書きつける。

知的なことを言ってみたくて、知的なことを言ってみる。

……

いつでも、自然に話すのが一番。

思いつくままに。

「適度にポンコツ」

ラムネのビー玉が好き

最近、ふいに褒められ、持ち上げられる、ということが続いた。
だからって、調子に乗っちゃダメだよ。

□ □ □

ぼくは、たまに「スゴイひと」だと思いちがいをされるらしい。
だが、たいていは「よくわからないひと」としてスルーされているようだ。
そして、じぶんでは「適度にポンコツ」なのがよいところだと思っている。

最後のは、楽観的にすぎるかな?

2019年5月10日金曜日

さみしい、さみしくない


さみしい気がしても、周りに合わせて、笑って、楽しく、働いていると、寝る前に疲れるね。

さみしいときに、さみしい、と言える相手がいたら、さみしくないね。

2019年5月9日木曜日

服装に気をつけよう!


さて、仕事の先輩と打ち合わせで衝撃のひとこと。

「ひとは見た目が9割ですよ」

本のタイトルでは目にしていたけれど、面と向かって言われるとどきっとする。

「もちろん、一番だいじなのは実績ですけど」

と付け加えつつ。

その日のぼくの格好は、黒のパンツ、白のボタンダウンシャツにネクタイはなし。ジャケットを羽織っていた。

「うん、いいんじゃないですか」

合格だ。

ちなみに、相手の格好は、ハーフパンツ、Tシャツ、薄手のジップパーカー。あと、かわいい帽子。



さすがでした。
(結局は実績ですから)。

2019年5月2日木曜日

「打てば響く」ひとに


「打てば響く」をひとつの(令和元年の?)モットーにしよう、と思った。

メールなら返信が早い
おすすめされた本や映画の感想を言える
お礼の気持ちを伝えるときはぱっと手紙を書く

といったこと。

とくに仕事で、そういう「打てば響く」ひとになろう、と。

そして、どこかで余裕をもって、ぴりぴりしないこと。明るい鐘の音(カリヨン)のように、打てば響く。

さあ、はじめよう。

……でも、カリヨンは鳴りすぎかな?笑

2019年4月30日火曜日

白樺に生まれ変わる


札幌に滞在してきました。ただいま!
宿は円山のゲストハウス。

□ □ □

あるとき談話室で「生まれ変わったら白樺になりたいですね」と言う言葉を聞いた。

白樺は、細い落葉樹で、ぶなやポプラのように高く伸びても幹はずっと細いままだ。それでも風雪に耐えて凛としたイメージがある。

□ □ □

古代インドの「輪廻転生」思想では、ひとは植物には生まれ変わらないそうだ。

いま、白樺のようにすっくと立っていたい。

2019年4月16日火曜日

【ご挨拶】「札幌EDIT」をはじめます。

札幌EDIT(さっぽろエディット)は、編集者としての新しい活動につけた名前(屋号)です。札幌と東京を行き来して、ひととひとをつなぐ仕事。

〜・〜・〜・〜・〜


かつて札幌に住んでいて「いい街だなー」と思いました。ひとの顔が見える街。喫茶店のお客さんとも、パン屋のオーナーとも、読書好きとも、仲良くなれます。雪の降る地方都市というのもいいですね。首都圏という「中央」じゃない場所の魅力がありました。

そして、200万都市(+北海道全域から人が集う)だからこそできあがるコミュニティの密度と力、そこで目の当たりにした多様性、とんでもないおもしろさ。それをいま住んでいる東京とつないで「仕事を生み出したい」と思います。

商業出版の「紙の本を作る」仕事がメインですが、Kindle出版や小冊子の制作なども視野に入れています。リモートワークが基本です。

主に作家さん、ライター、フリーランスのイラストレーターや写真家、装幀・編集スキルのある方(Adobeを使える)とスモールビジネスを積み重ねていきたいです。スモールビジネスですので、副業や兼業、また、専業であっても小さめの案件として引き受けていただくことが多くなりそうです。

なお、札幌か東京に縁があれば、ほかの地域の方ともつながっていきたいと思います。(たとえば、札幌で知り合い、九州へ移住された方とも仕事をしています)。いずれにせよ、面識はあるのがベターですね。

乱文深謝。

ゆっくり、じっくり進めていきます。
みなさま、よろしくお願いいたします。



2019年4月6日土曜日

眠るときはひとり

「人間、眠るときはひとり」と思った。


いつか、知人の家に招かれてダブルベッドの寝室を見たとき、隣にひとがいる、というのは安心するものかもしれないな、と思った。

けれど、昨夜ふと、眠りの前後をふくめて、眠っているときというのは誰しもがひとりきりなのだ、と感じた。

不眠であれ、悪夢からはっと目覚めたあとの後味の悪さであれ、中途覚醒してうつらうつらするときであれ、あるいはなにか発作でも起こしてしまったとしても、ひとりきり。

ぱっちりと目が覚めて行動を始めるまでは、誰とも交流できない。そんな風に考えた。

ねむるのって、こわいなあ。

子供の頃からそう思うひとはいるようだけど、ぼくは大人になってやっとその気持ちがわかる。

2019年3月31日日曜日

新しいことを始めようと思ったら…


新しいことを始めて続けようと思ったら、「愛されること」は大切だ。

ファンや見守ってくれるひと、相談に乗ってくれるひとに囲まれること。

だけど、最初から、愛されることが目的にならないように。芯がブレてはいけない。

じぶんのよいと思ったことをまっすぐにやる。

だけど、と、また「だけど」が付くのだが、「なんでもじぶん基準で進める」とひとがついてこない。

世間からどう見えるか、手伝ってくれるひとは何を考えているか、いまのトレンドはなにか。

こういうことに気をつけてこまかいところはゆずる。でないと、ただの「こだわりが強いひと」になる。

……と、いままで「本のカフェ」その他、企画にかかわってきて、漠然と考える。

2019年3月26日火曜日

作家にとって大切なもの、みっつ…?


かつてイタリアはトスカナ地方に、ダンチャッテというなんちゃって小説家がいた。

ダンチャッテは作家を志す道の途中で、とある森に迷い込み、そこで小説の神さまと会った。神さまはおっしゃった。

「ダンチャッテよ、作家にとって大切なみっつのものがわかるか」

「ひとつは、古典を読むことです!」

「よかろう」

「ふたつめは、文体を磨くことです!」

「よかろう」

「みっつめは、……ああ、わかりません!」

「教えてあげよう。みっつめは、俗っぽさだ」

神さまは天に帰りました。

「それなら、おれにもできそうだぞ」

ダンチャッテが大成したのか、それはわかりません。

しょうもない日常


春、頭もかすみがかる朝に
しょうもない日常が始まる

季節の変わり目で身体はざわざわするし
仕事でもちょこちょことトラブルが続き

ほどよく友人からLINEが来てちょっと笑い
話題作でもない映画をひとりで観て

なにをするでもなく終わる日もあるけれど
今年も桜は咲きました。


2019年3月23日土曜日

忘れちゃう悪夢


夜中になんだかべとべとと暑くて、目が覚める、なんてこともある季節の変わり目、3月。

ああ、悪夢を見ていたな、気分わるいな。そういうこともある。

けれど、すべての夢と同様、悪夢もすぐ忘れてしまうのが、ひとのいいところだ。

□ □ □

ぼんやりとみる白昼夢のように、日中の悪夢もそうしてすぐ忘れてしまえたら、それが一番いいね。

2019年3月20日水曜日

妥協しちゃう話


以前、ビジネスの研修でゲームをした。
ふたりで手の内を見せずに交渉する。お互いが譲り合うと、50点・50点くらいをもらえる。しかし、どちらかが強情を張ると、10点・60点くらいしか取れず、合計点としては低くなる。

──Win Winのためにはお互いを信頼して相手の言い値に寄り合う「妥協」が大切、という趣旨。

□ □ □

これはわりと有名なゲームらしいが、妥協といえば、むしろ人間関係を思う。

本音では「それはやめて!」と言いたいけれど、ひとまずは控えめな助言にとどめるケース。

(ぼくとしてはちょっと…)と思いながらも、「うん、いいよ」とOKするケース。

納得するケースもある。(そういう考え方もあるかあ)

妥協はせこい処世術でも、やせ我慢でもなく、自然体につながる気がする。
「ま、いっか!」が言えること。
そういうのは、ほんとうの大人だよ。

──「でも、人生、ぜったい妥協しちゃいけない、って場面もあるだろう?」

それについては、すでに長くなったのでまた今度。
と、終わり方も妥協しちゃう話でした。

2019年3月19日火曜日

幸せはどこにある?──プロセスか結果か


幸せは、プロセスのなかにあるのか、結果にあるのか。

ふつうに、世間や他人をながめるとき、目につくのは結果のほう。たとえば肩書きや年収。

だけど、すべての結果は手に入れてしまえば「それまで」で、そこから先の幸せはまた新しく作らなきゃいけない。

むしろ、常に駆動しつづけているのはプロセスの方である。そのさなかにあって本気になること、あれこれ試したり、喜びや苦労を分かち合ったりすることは持続的な幸せを生む。

じゃあ、結果はどうでもいいのかというと、そうでもない。

結果は次のプロセスへの「パスポート」になってくれる。結果を差し出すから、次の挑戦ができる(社会的に)、という風に……。

□ □ □

ひたすらに歩んでいきたいね、なんにしても。

*『遊戯哲学博物誌』の「幸福について」の章も参照(していただけたらうれしいです)。

2019年3月17日日曜日

郊外の本屋にて


平日の昼間に、郊外型の本屋を訪ねた。小規模チェーンで、面積は中くらい。
意外とひとが滞留しており、レジの方からはいろんな声が聞こえる。

「〜っていう雑誌ありません?」「はい、こちらに」
(電話で)「お取り寄せの本ですが……」

ぜんたいにはおじいちゃんが多い。でも、ファミリーも女性もいる。
若いビジネスマンが、車で立ち寄ったのか、文具を探している。
店員さんはていねいに受け答え。

品揃えはけっしてよくないけれど、地元のひとに愛されている。

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ちなみに、リアル本屋さんの重要な点で、いまのところ、指摘されているのを見たことがないのは「学習参考書を選べること」だ。

これは、教育業(家庭教師)で痛感した。

文芸や専門書はネットのレビューを参考にしても選べるが、学習参考書はよくよく中身を検討して、「あの子に合うかな?」と考える。ときには30分くらい棚の前であれこれ手に取り、やっと決まる。

街の本屋さん、がんばれー。ぼくも行くよー。