2020年5月13日水曜日

【詩歌】ヴィシュヌ讃歌 三篇


Bengala o india orientale, vishnu, xii secolo
ヴィシュヌ神

インドの古典『バガヴァッド・ギーター』を読み、心動かされて、ヴィシュヌを歌う詩を三篇、詠んだ。
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ヴィシュヌは惑星の陰に

あなたの指先が私に触れもせず 銀の器を持ち上げた時
宇宙が震動した 眼の色も測る術はなく
大地母神ヴィシュヌが赤赤と現れて立ち上がった
私はことばを失い はるかな遠天にあなたを見失う

ヴィシュヌよ あなたは惑星の陰に佇み 塵とともに歌う
低い声で水の惑星を湿らせる 太陽の光もあなたをまともに射ることができない
その口元に浮かぶ笑みは 聖母の憂いを湛えた謎だ
わたしを小惑星の石ころのように まなざしもなしに粉砕するのか

わがクリシュナよ 教えを垂れよ ものいわぬことばのうちに
会釈もなしに心を奪い去る嵐よ クリシュナは彫像のように動かない
もはやその名を呼ぶこともできない者 深き淵に歌いかける者
天のきざはしにかかとを乗せる者 終わりなき混沌に歩み寄る者

天命が尽きる前にあなたの御前に立ち挨拶しよう

***

沈黙するヴィシュヌ

私は問いかける 暗黙のうちに──

ヴィシュヌよ その名を唱えるのも恐ろしい人よ 願わくば応えたまえ
この世に慈悲をかける者 あなたはやさしく微笑むのか

沈黙するヴィシュヌよ どうかいらえをよこしてくれ
おまえの額に何を隠しているのか いとも尊き人よ

こうではないのか 澄みわたる水よ 蛙を養う者
遠くまたたく星の音は あなたの舌が鳴らした弦ではないのか

そう告げてはくれないのか 汝、私に帰依せよと
汝のものは汝にあらざると この私に祭祀と供物を捧げよと

せめてそう言ってくれないのか 憂わしげに微笑む頬よ
君は瞳の灯(あかり)で照らさないのか 暗闇に沈む者よ

神よ その気遣わしげな眼差しの奥に 私は何を読みとれば
閉ざされた岩の戸よ 穏やかな面差しで死を見つめているのか

世界のうちに私のうちに あわれみの無き風よ

あなたは何も言わない 言伝てなき真理の影
御姿のやすらぎは 私の滅びを望みたもうか

この世界を一身に背負い 崖の上に立ちて眺め
誰にも聞こえぬ詞(ことば)を紡ぎ 荒野をゆけと告げるのか

ヴィシュヌよ 声なき声
ことばなきことば 君に称えあれ

***

神の命(みこと)

"ゆけ アルジュナの子よ" ヴィシュヌは命(みこと)を宣(の)べる
魂の戦慄は朗らかな 楽の音を私に寄せる
王冠をいだき直立する 天を衝くヴィシュヌいわく

"時は来れり 支度はすでにととのう 汝アルジュナの子よ
血潮の満ち来たるは 月よりの声 太陽は兆す
火と燃える魂を 黄金の杯にうつせ
時をうつさずこの世界に注げ 遊戯する者よ

さあ立ち上がるがいい 永らく膝をつく男よ
人のもつ力を祈りのうちに 見出したのではないか

鼓笛が鳴るのを その耳に聞くか
 汝の戦場はだいぶ遠くにあり まずはそこへ赴け
よし ことばを聞く耳をもち 姿を見るまなこもち
大地を踏む足をもつならば 静かに進軍せよ

アルジュナの息子たち 遠き物語の子孫たち
いま再びクリシュナにまみゆ わがマーヤーを幻視せよ
そして出でよ ガンガーのゆるぎなきほとり
独り立つ勇士となり わが愛の証を立ててみせよ"

クリシュナはこう言った "ゆけ そこに敷かれた道を──"