2020年6月2日火曜日

【詩歌】四月、五月の和歌と俳句──景/恋/古代ギリシア/旅


四月後半から五月の詩歌を集める。和歌と俳句と。

【景】
立夏 大地の子供を呼ぶ 並木道のトンネルを  あなたはくぐる

スカートを広げて座る姫つつじ

ゆったりと家路につけり花水木

さやけし 風は来 若葉の枝をくぐらむと かしらを さげて 畏み

水は 暮れゆく春に色づく ぼやけた雲消えぬ 青い瓦屋根 

すずらん 聖マリアの 花という ついたちに 五月の 母は微笑む

行く川に 鴨の泳ぎて 翻る はためく足や その水澄めり 

アブラナはシロツメクサの合間に生える 自転車の赤い少女

孫のない老母食むるや柏餅

食パンに ジャム塗る 祖父母のテーブルを思い出せり 八十八夜

朝の陽はやわらかく 珈琲のほとりに立ち 君のもとへ帰ろう

夏草の影振れにけり道の上

お賽銭一円跳ねて夏の空

眠たげにバスを降りれば杜若

流れよ 水よ 疾風の吹けば 波逆巻くも 小川の永久にゆくよ

遠出する 曇り空の 昼咲月見草に 一杯の 陽のひかり

白雲の連なりて 三里の長城を成すや 夏の寄せ来たるか

草も葉も緑のために生うるのみ いのちのひかり 縁に揺らぎぬ


【恋】
ひなげしに陽は射し込みぬ くれないに揺れてかがよう 君や恋しも

朝来れば 皐月あふれ つつじの色 麗しく 誰の笑顔に似る

ただ一つ夏日に照らす椿かな

名を呼べり ベアトリーチェよ 天国の 第九天に 座る祝福

膝をつき祈る たふときあなたへと 深き緑の出づる思いで

さようなら 清らな心 黙しおり 空果てしなく いと健やかに


【古代ギリシア】
高殿に 石青ざめて置かれおり 幾星霜の光 降り積む

ポイボス 亀の甲羅を 竪琴に 仕立て上げ 光の国へゆこう


【旅】
名も知れず 行方も知れず 消なば消ぬ 影を追う 旅人の背姿

隣には いつもあなたがいた 主よ 天使たちを 去らせたまえ ここで

ひとり立つ 彼の空に鱗雲 地には咲く小さき小さき花 ゆかまし 

カレンダーめくりて早き 旅の途 いざ行き着くか 汽車の待つ国

遥かな 道のりをゆく この荒れ果てた 土地に根差し 星の彼方へ

さらば 六月の冬来たる 鋼の車体唸る 手紙届かんか

いつでも風に吹かれ さすらいの足を止めず ゆく者よ さにあれや

睦月 詩歌とゆく者は 革の袋に イスファハーンの水を入れ

如月 吟遊詩人は 背にし負う 麻の袋に 世界を担う