2020年11月6日金曜日

マタイ受難曲の25歳

フルトヴェングラーが指揮するマタイ受難曲を聴いている。


僕はバッハの「マタイ受難曲」が好きで、心底、打たれ、聴いていた。25歳の時だ。

それまで、いくつかの演奏を聴いてきた。ジョン・エリオット・ガーディナー、アーノンクール、鈴木雅明、リヒター、クレンペラーの各指揮。演奏時間は2時間〜3時間に及ぶが、オーディオをセットしてじっと聴いていた。

重い病状があり、哲学の仕事に専心し、世にほとんど友もいない状況で、「マタイ受難曲」を聴くことしかできなかった。マタイはあらゆる音楽のなかで、最も重く暗い曲だった。

部屋のなかで動くこともできず、涙を流していた。
一番、響いたのはグスタフ・レオンハルトの指揮による演奏だった。

それ以来、10年以上、もう通しでマタイ受難曲を聴くことはなかった。その重さと厳しさにもはや耐えられない、というのか、目を逸らしたのかと思う。

いまは真正面から向き合って聴くことが再びできる。

ふと目に留まった「フルトヴェングラー指揮のマタイ受難曲」という言葉から、初めてフルトヴェングラーがマタイ受難曲の録音を残していたことを知り、いま聴いている。

フルトヴェングラーは物静かだ。時を止めながら、音楽を奏でている。生命の深淵から天に見えない光を見出そうとする。