2020年12月6日日曜日

吟遊詩人の仕事──神話を作る


吟遊詩人の仕事と「神話」について。私たちの「ルーツとなる物語」を紡ぐこと。ひとの声を聴き、集め、編み、語り継ぐこと。

***

吟遊詩人とはなにか。

中世ヨーロッパには、宮廷を渡り歩き、食客となる詩人がいた。また、街から街へ旅をし、広場で歌う、うわさを伝える学生や楽師がいた。彼らが「吟遊詩人」のイメージの源だ。

他方、古代のヨーロッパではホメロスの叙事詩を歌うラプソドスがいた。ケルト文化圏には公的な詩人であるバードがいたらしい。

***

日本では、松尾芭蕉や西行が「吟遊詩人」らしさを持つ。

江戸時代の芭蕉は和歌の「歌枕」をたどって東北を旅した。それが『奥の細道』になる。和歌の伝統を俳句につないだ。それが風雅、風流と呼ばれ、わびさびの感覚もここに根ざす。

西行は平安の貴族文化が滅びることをよく知っていた。その和歌の伝統を受け継ぎ、雅心(みやびごころ)を歌い、『山家集』をものした。その典雅な遊び心と自在な歌いぶりは、平和な公卿(くげ)文化への哀歌でもあり、来る鎌倉の武家文化への露払いともなった。

さらに遡れば、万葉集において著名な柿本人麻呂は、列島を旅をして各地で歌を詠んだ。それも、地方の風土を知ろうとする朝廷に仕えた吟遊詩人だったといえる。

***

私たちは時の流れのなかを生きている。常になにかが失われ、なにかが生まれる。それに無自覚であることもできるが、その移りゆきに自覚的になり、過去を言葉やなにか、形にして遺すこともできる。語り継ぐ、後世に受け渡す、未来の世代に託すこともできる。

それは私たちにとって「ルーツとなる物語」となりうる。それを「神話」と呼ぶこともできる。

私たちは、自分たちが生まれ、育ち、住む土地の声をそうした物語として受け取る。その時、自分の根っこを持つ。

その物語、過去からの遺産である物語は、未来を作るための礎になる。そのように「神話」はいつも今を活気づけ、未来への橋を作る。「神話」ははるかな昔にあるだけでなく、むしろ、過去と未来のあいだにある。

「神話」から元気をもらうことで、私たちは過去に根ざして、建設的に未来を築ける。いい加減なことをしでかさず、軽薄・無思想にならず、着実に歩もうと努められる。



ヨーロッパの輝かしい文化、ルネサンスからバロック、20世紀に至る文化もまた、古代ギリシア・ローマ神話をその源としてきた。「神話」は文化と文明を護り、創造と発展を促す。時には破壊のための力を与える。

***

こうして「神話」すなわち「ルーツとなる物語」の大切さがわかる。日本の伝統、文化、さまざまな地域の声を遺すことができないだろうか。

日本にも無数の多様な地域性がある。人生を背負って生きる一人ひとりの声が、そのひとのルーツとなる土地、ひとつまたはいくつかの土地の声を響かせる。

ひとと向き合い、魂の声を聴き、それを集め、編み、未完成の物語へと紡ぎ続けること。

それは「語り部」(かたりべ)と呼ばれたひとたちの仕事を部分的に受け継ぐことでもある。その土地土地(とちどち)の語り部の声を聴くこと。土地を歩き、その土地の声に耳を澄ますこと。

戦争体験者、被爆者、ハンセン病で隔離されたひとたち、彼ら彼女らの語りを受け継ぐことも私たちのルーツを示すにちがいない。

***

そして、旅をすること。横断し、行き来すること。中央へのチャンネルを持ち、また地方や周縁に対しても開かれていること。

どんな声に出会い、受け止め、また記憶をたどって受け止め直し、かたちにできるだろうか。

(目に見えないものを受け継ぎ、消え入りかけた声を知り、かたちなき歴史を物語にできるだろうか。)


はじめることしかできない。私が60,70,80歳になった時、「語り部」のように豊穣な物語の源泉であれるように。