2021年3月27日土曜日

連作詩 ポイボス・ポイエーシス その5

 連作詩 ポイボス・ポイエーシスの第五歌

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鳥よ
はばたける鳥よ 大空に
おまえの墜落を受け止める大地について語ろう

ああ、イカロスは海に堕ちた
とコロスは歌う。ギリシアの合唱隊は
だが、古代中国はちがう

燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや

つばめやヒヨドリにはわからない、
おおとりの深い志があることを
この諺は教えてくれる

その鳥ははるけき空へ
舞い上がる
あたかも高く
日の光に溶け込むように
ポイボスの音を立てて

合唱隊が見守るのは、イカロスの海
母なるエーゲ海へ、
いつかは鴻(おおとり)も
また沈むのではないか
そうはらはらして
太陽を見上げる

一羽のワタリガラスは知っていた。
そうだ はじめから知っていた。
だから、そこいらの砂浜で、
突っつき合ったりしていた
番(つがい)で、いっしょに

そしてぽつねんと止まっていた
トーテムポールの上から
滑空した

クワィアカン クェェロルカ

おおとりはどこへ行ったのか
何処(いずこ)か 人間であるところ

なぜなら、知れ 人間は
天上と大地のなかばにある
天上へ向かうポイボスの志は
実は大地に根ざしている

おまえの知ることのない
日常の生活に
変わらない日々に 季節の
移り変わりを何年も
くり返した 何百年の
この春の日差しのなかに
ある台所

そこに桜の物音を聞く


まさか、そのようなものだとは
生活のなかにホメロスがあろうとは
ラプソドス(吟遊詩人)のほかに
誰が知るだろう

大地に根ざした生活とは
当たり前の牛飼いのもの
鶏でもよく 羊でも
農耕民族の暦でも

田植え歌を歌うがいい、
彼らのように上手にではなくても。
たまには鼻歌でくちずさむといい
旅先の納屋と馬小屋をくっつけた
あの藁葺き屋根に


おおとりはここへ帰る
そうして人間になり
大地に還る
いつかは底に眠るのだから
その奥深くで
「愛している」と

母なる大地には声が眠っている
先祖と父母と祖父母の父祖と
みな血の染み込んだ
大地から体を授かった
あの女たち、母らの、母なる
あなたのはらから

おおとりは土へ還り
ことりも土へ戻り
地平線の縁から
太陽が昇る

荒れ野を照らして
朝もやを透かして
春の御春を寿(ことほ)いで
いでよ

私はほうじ茶を淹れて
台所から居室に戻る
テーブルの上にさかさまの眼鏡が

生命を生み出そう ここに