2021年8月15日日曜日

バッハ会長の広島献花と、死者への畏敬


2021年7月16日、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長が、広島の戦没者慰霊碑に献花した。被爆者とも語ったという。
副会長のジョン・コーツ氏は長崎を訪れた。

7月16日は、ちょうどお盆の「送り火」の日に当たる。

バッハ会長が献花し、手を合わせる周りでは、「平和を利用するな」(被爆したヒロシマを政治利用しないように)というデモもあった。


さて、僕はオリンピック開催をめぐる論争には距離を置こうと思っていたものの、新聞の一面で慰霊碑に向かうバッハ会長の写真を見たときには、熱い怒りがこみ上げた。

バッハ氏が「お金と体面」だけで、欲望のままに動き、感染症の死者や被害にも無頓着な人間であることはわかっていた。


しかし、広島、長崎の献花は損得勘定とは別の話だ。

オリンピックにかかわらず、自分と組織のエゴのために死者を利用してはならない。それも、広島、長崎で非人道的な原爆投下を受けた人々を、国民感情を手なづけるために利用する、という精神は受け入れられない。

これは人間そのものに対する侮辱であり、生命の尊厳の無視であり、死者への冒涜である。

もっとも、社会的には法に反しておらず、それどころか、通念上、慰霊は適当とみなされさえする。この世の掟には、たしかに反していない。

しかし、人間の深い精神において見れば、最も非倫理的なおこないの一つである。

***

生者の争いは、生者同士でなんとかするものと考えられる。オリンピックの開催についても、そうするしかないと僕は思う。

しかし、死者を弔い、先祖や、亡くなった人々に畏敬の念を持ち続けるということは、宗教を問わず、人類の営みであり、生きる起源であった。

だから、今回のことについてははっきり書いて残しておこう。