2022年3月22日火曜日

ウクライナ情勢をめぐる考察 - ロシアのサステナビリティ



この記事は、今ウクライナ情勢をめぐって、「ロシアのサステナビリティ(持続可能性)」を問うことが大切だろう、という趣旨です。

国際的に「反ロシア」の気運、ロシアへの非難が高まっています。しかし、その正しさは認めつつも、戦後にはロシアの政治・経済・社会が持続可能な仕方で、国際協調の体制を作らないと、ロシアのみならず、国際社会が大きな被害を受けると考えられます。

今後、中長期的にみてロシアが国として持続できることが大事だと考えます。

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今、ウクライナに異常な攻撃を仕掛けるロシアは、プーチンの心身の健康や内政(政治・経済・社会)に危機を抱えているかもしれません。

仮に、ロシアの政治・経済・社会が内部から崩れていく事態になっていけば、国際的にも巨大な問題が起こります。すでに起こっている小麦や原油の値上がりのほか、ロシアからの国外避難民(「難民」)、ロシア国内の混乱によるロシア国民の飢餓や貧困、医師不足やインフラの劣化などです。

グローバリゼーションで密につながった世界では、他国も、こうしたロシアの危機をじかに引き受けることになります。

なお、新聞やメディアは見られる範囲で見ていますが、「ロシアの内政崩壊と、それがもたらす影響」については、今のところ可能性としてさえ言及されている記事を見ません。しかし、ロシアが政治・経済・社会を保てなければ、国際的に重要な問題が起こることはまちがいないでしょう。

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中長期的に見て、戦争がどうなるにせよ、「戦争が終わり、戦争前にようにロシアがプーチンの独裁体制のもとで平穏になる」ことは考えづらいでしょう。国際社会も、ロシアの政治家、若者、市民もそんな甘い結末を許さないでしょう。

すると、問題は、

1.なんとかプーチンを排除したうえで、
2.ポストプーチンへどう移行できるかです。

結論から言うと、

▶ 最悪のシナリオは、プーチンが暴力的に殺されるなどして、その後、有力な派閥や党派が内紛・内戦を始めて、その間にロシア全土が無政府状態になっていくことです。

中東〜北アフリカの「アラブの春」では、シリアやリビアで独裁政権が倒れた後、平和裏に次の政権に移行できず、内戦が起こりました。

それに近いことがロシアで起こると、人口も土地も規模が大きいので、国際的にも巨大な問題となります。

▶ 一番よいシナリオは、プーチンが失脚し、穏健な政権が誕生し、よいリーダーシップを発揮できる人物が大統領になり、政治・経済・社会の立て直しを図りながら、民主化を進めて行くことです。国際社会もこれを支援できるでしょう。


以下、現状を見ます。


【現状:戦況】

2月末頃、ロシアがウクライナに侵攻を開始しました。まず、ウクライナの東部や南部から進軍と攻撃を開始し、北西部の首都キエフに向かっています。

ロシアの目的ははっきりしないようです。仮に首都キエフを陥落させるとして、ウクライナを併合したいのか、傀儡政権を立てたいのか等。

侵攻開始後、ウクライナのあちこちで、兵士ではない民間人(女性・子供、避難民)を巻き込んで、無差別な攻撃が仕掛けられました。とくにこの数日、ウクライナ南部の都市マリウポリでは無差別な虐殺と呼べるような攻撃が何度も起こっています。

また、ウクライナ領内で、歴史的建造物や原発への攻撃も起こりました。

これは、仮にロシアが「ウクライナを自国領にしたい、占領したい、支配したい」といった目的を持っているとしても意味がないどころか逆効果です。現実的に考えれば、「兵士で戦って、軍事的に勝ち、市民も街も無傷で残る」方が、ロシアは戦争後に得るものが大きいはずです。プーチンは理性を失っているとしか思えません。


【現状:ロシア国内】

それから、ロシア国内の状況ですが、市民の間で戦争反対のデモが起き、勇気あるジャーナリストも戦争反対を訴えていますが、厳しい言論弾圧と、戦時警察による取り締まりが起こっています。メディアの統制や集会の禁止(を名目とした逮捕)など、第二次大戦中の日本を連想させます。これだけでも、中長期的なロシアの敗色は濃いと見えます。


【現状:国際社会】

国際社会は、欧米を中心に、プーチンへの激しい非難と、ロシアへの批判を強めています。欧米の経済制裁は、ロシアからの企業撤退、金融取引の停止により、ロシア経済と社会にダメージを与えています。(その反動で、小麦の値上がりや原油高といった欧米側のダメージもあります。)

他方、中国はもともと親ロ的であり、今回もロシア批判に距離を置いています。ロシアを追い詰めすぎてもかえって危険だ、という冷静な認識もあるでしょう。また、国際社会による強い経済制裁で貧困や飢えに苦しむロシア市民が出るのも、まったくよいことではありません。貧しく、弱い立場の人から犠牲になり、戦争自体は続いてしまいます。

なお、日本政府は欧米寄りですが、インドのモディ首相と岸田首相の会談を見ても、ロシア非難に振り切らず、曖昧な態度をとっているとみえます。


【ロシアとの視野を視野に入れる】

今は「ロシアの侵攻」と「プーチン」は激しく非難したうえで、何らかの仕方でプーチンが倒れて、戦争が終結する見込みが立つなら、国際社会はロシアと協調して、民主的で平和を尊ぶロシアの再生を支援できるとよいと思います。

それはロシアのサステナビリティ(持続可能性)であると同時に、国際社会全体のサステナビリティだと考えるからです。

いくらロシアが非道なことをしたからと言って、一方的に、あからさまにロシアを「叩き」続けることはよい結果を生みません。マスメディアによる世論もそうでしょうし、SNS上の世論も同じです。どんな相手であれ、追い詰めすぎてはいけないのです。

(ちなみに、第二次大戦の引き金を引いたナチスドイツも、第一次大戦の敗戦国として、莫大な賠償金を支払うよう、国際社会から無理強いされ、非難されました。その重みに苦しむなかでヒトラーの政権を支持して、第二次大戦に突入しました。)

結局のところ、グローバリズムでつながった世界においては、「ロシアとともに」国際秩序を築いていくしかないのです。ロシアがこのような大国であれば、なおさらです。

ですから、常にロシアの内側、市民の状況を考えるべきです。戦争による負荷でロシアの内政があやうくなるでしょう。地域によっては、水や食料が足りなくなるとか、インフラが保てない、自治体の経済が崩壊する、といった状況が起こりえます。もう起こっているかもしれません。そうした場合、国外避難民が出ることもありえます。または、戦争が一段落ついたところで、隠されていた飢餓や貧困、暴力の問題が表に出てくるかもしれません。ロシアの人口は1億5000万です。シリアの内戦で国際社会は大きく揺れましたが、シリアの人口が1800万人。土地の広さも人口の規模も、けたちがいです。

なお、この点については朝日新聞で国際政治学者の藤原帰一さんが、「ロシアを含む国際秩序を築こう」という趣旨で朝日新聞に寄稿されていました。((時事小言)この戦争の出口は 「負け組」も包む国際秩序を 藤原帰一)この記事と方向性は同じだと思います。


【プーチンに対するNGな案】

ところで、プーチンを排除したいと考える人や組織は、こういう可能性を考えるかもしれません。

1.暗殺 2.クーデタ 3.傀儡政権 4.ロシア大統領府をミサイルで撃つ

まず、4.は一番威勢よく見えますが、愚策です。こんなことをしたとして、誰が責任をとれるのでしょう? または、反撃の核ミサイルが飛んで、核戦争になるかもしれません。論外と言えます。

1〜3はつながっています。

たとえば、欧米の諜報機関や特殊部隊が、プーチンを暗殺し、次にロシア内の反プーチン派にクーデタを起こさせる。さらに、次のロシア大統領にはアメリカらの言うことを聞く傀儡政権を立てる、といったシナリオです。

結論から言うと、これもよくないと思います。

中東の直近の歴史を見ても、アメリカはイラク戦争でフセインを殺しました。その後にアメリカ寄りの政権ができましたが、IS(イスラム国)の台頭は抑えられませんでした。シリアの政権もアメリカ寄りでしたが、ISの凄まじい攻撃により、シリアは荒れ果て、内戦は激化しました。

結局のところ、「他国が、うちの国の大統領を暗殺した(ないし、それに加担した)」という事実が広まってしまえば、ロシアの欧米への国民感情は恐ろしく悪くなります。また、ロシアほどの歴史ある大国に対して、傀儡政権が長続きするとは思えません。欧米側にしても、こんなリスクは取りたくないでしょうし、取れないと思います。


【現実的な国際秩序の回復を考える】

一番、現実的なのは、情報の提供と一部の武器の供与で、ロシア国内の反プーチン勢力を応援しつつ、決定的には内政に踏み込まないこと。そして、ロシア国内の勢力にクーデタを起こさせる、というシナリオではないでしょうか。

ただし、クーデタについても、過激な勢力や軍部が政権を取るのではなく、穏健な政権が立つことが望ましいでしょう。そして、すぐに国際社会が新しい政権を支持し、この政権が国際協調することと引き換えに、いずれは物資の支援や食糧の配給、制裁解除に伴う企業の進出などを通して、ロシア市民を守る方へ動くことです。

なお、そのためにプーチンを排除するのであれば、「暴力の爆発」や「力の暴発」ではない形で、コントロールを効かせながら、先を見据えて排除することが重要なポイントになるでしょう。

そして、ウクライナに対しては、国際社会は、停戦を最重要のことがらとして、復興を支援し、さらにクリミア半島も含めて、ウクライナの領土と主権を回復する方向で支持を固めるとよいでしょう。(ウクライナ領内やクリミア半島には、ロシア人も親ロ派の人たちもいるので、民族紛争にならないように注意を払いつつ。)

以上は、理想論ですが、なにも未来を描けないよりはよいと考え、書いておきます。


【まとめ】

要点は、ロシアのサステナビリティが国際社会のサステナビリティにもなるということでした。だから、今は「ロシア非難」で声を合わせるとしても、戦後を見据えるなら、ロシアと協調する国際社会のあり方を今から考えておくことが大事でしょう。

それから、この記事ではロシアの話ばかりしてしまいましたが、今はなによりも、ウクライナの国民の命を守ること、その主権と国土、生活と文化財を守ることが最優先です。目指すは停戦です。

今、私たちにできることは、適切な世論を作り続けることです。