2011年11月14日月曜日

「くらしのこよみ」というアプリの面白さ


 平凡社が制作している、iPhoneiPadアプリ「くらしのこよみ」が素晴らしい。インターネット上でも、ときどき話題にのぼっている。

 いまや、iPhoneiPadAndroid端末には、数十万のアプリがあると言われる。一アプリ、一機能だから、ちょこっとした新しい発明がなされるたびに、アプリが増えていく。その中から、電子書籍のリーダー、また、電子書籍そのもの(一冊の本)を、アプリにする動きも出てきた。

 「くらしのこよみ」は、半ば「電子書籍」と言っていいようなアプリである。作りはシンプルで、横スクロール画面に、文章と写真と絵が配置されている。スクロールなので、ページはめくらない。5分ほどで全体を読み終えられる。内容は、時節に合わせた季語、俳句、旬の物、行事などの紹介。七十二候※に合わせて、内容が更新される。

   旧暦で、一年を七十二に分けた5日ないし6日の期間を、時候の言葉で表したもの。

 この「くらしのこよみ」は、3つの点で、今後の電子書籍のヒントとなるような、楽しい可能性を秘めている。

1)すぐれたデザイン————横スクロールとコンテンツの配置
 縦書きに、横スクロールという形式が、まずiPhoneiPadにぴったりである。実物の本でページをめくる時の、小さな「断絶」がなく、流れるように、軽いタッチで内容を先送りできる。
 そして、中身はと言えば、味わいのある写真と、読みやすい文章、ときおり挟まれる博物誌的な絵、といったコンテンツの多様性が、飽きさせない。和を基調として、デザインに統一性があるのもよい。このあたりにも、縦書き&横スクロールが利いている。


2)適度な短さ————アーティクルを読む感覚
 「くらしのこよみ」の内容は、テンポが良い。文章それ自体は、含蓄が深く、けっして軽々しいものではないが、一つの話題が十行ほどの短さであること、絵や写真との組み合わせによって、自然に読み進められる気持ちの良さがある。
 この巧みさは、「適度な長さ」というより、「適度な短さ」と言える。それは、ちょうど「ブログの記事を一本、読む感覚」「数ページのエッセイを読む感覚」などに似ている。または、「電子版の新聞の記事」と比較してもよい。いずれにせよ、「記事」=「アーティクル」を読む感覚、と言えるだろう。
 現代人は、長い文章を読む時間をなかなか取れないかもしれない。また、iPhoneのアプリを立ち上げるのは、電車の中のちょっとした時間かもしれない。「くらしのこよみ」は、そういった生活にちょうどよい「短さ」なのである。


3)定期配信————web時代の「ゆったり」ライフスタイル
 ここで、「くらしのこよみ」アプリを利用する仕組みを確認しておくと、(1)まず、アプリそのものをダウンロードする。(2)その後は、アプリを立ち上げるたびに、その時節のコンテンツがダウンロードされる。そのコンテンツが、七十二候の分、用意されている。
 こんな風に「定期配信」されるわけだが、これも「くらしのこよみ」を愛用する要因の一つになる。ふと気づいてアプリを立ち上げると、コンテンツが新しくなっている。5〜6日おきというのは、よいペースである。Web時代にあっては、ゆったりしているが、遅すぎはしない。そのため、ユーザーは、「毎日欠かさず」ではなく、「思い出したときに、なんとなく」気に掛ける。「くらしのこよみ」は、大げさに言えば、そういう「ライフスタイル」の提案とセットで享受される。


 このような「デザイン」「短さ」「定期配信」といった要素は、電子書籍を制作するうえで、重要なポイント、ないし、貴重なヒントになると思われる。
 「くらしのこよみ」は、和の文化的な香気が漂うアプリである。知性あふれる内容である。そして、二十四節気と七十二候に基づいた区分というだけで、一般の読者には、かなり敷居が高い気もする。たぶん、「くらしのこよみ」を全連載分、一冊にまとめれば、立派な本が出来上がるだろう。それは、分厚くて、文化的な本になるはずだ。いま、ポップで、わかりやすく、適度に面白おかしい本が、多くベストセラー化する時代にあって、このような内容の充実した「本」が、iPhoneiPadアプリという形で、72分割されて、楽しまれているということ。
 都会でスマートフォンを片手にせわしい日常を送る人たちに、季節の「声」とともに、ゆったりとした気分を提供しているのだとすれば、興味深いアプリである。


おまけ。
 もっとも、「くらしのこよみ」が、即座に電子書籍のビジネスモデルを提示する、とは言えない。なんといっても無料のアプリであるし、広告はほとんどなく、平凡社のような人材と知の蓄積がある出版社だからこそ、できるサービスだと考えられる。
 もし、こんな風な電子書籍をビジネスにするのなら、いわゆる「マネタイズ」(無料のネットサービスを収益事業化すること)をどんな風にやっていくか、考えどころだと思う。これは、電子書籍一般に言えることではあるけれども。ただ単に、電子版の「本」に値段をつける、というやり方ばかりでは多様性が見込めないだろうから。