2012年9月8日土曜日

【童話】ロマンス語の帽子


こんにちは。今日はなんのお話をしようか。そうだ、きみたちは、ロマンス語ということばを、しっていますか。ロマンス語です。なんだろう、それは。

ロマンス、は知っているね。そう、ロマンティックなことだ。おとこのひとが、おんなのひとに、やさしく話しかけたり。うん、ちょっとはずかしいね。ふだんは、みんな、ロマンス語なんて、しゃべらなくていいんだ。

だけど、今日は、そのぼうしをかぶると、ロマンス語を話してしまう、そういう不思議な帽子の話です。ある日、空から降ってくるんだね、どこからやって来たんだろう。

ロマンス語の帽子は、春の疾風に、はやい風に乗って、空を吹かれていました。ふぅー、ふぅー。

そして、小さな町のうえまで来ました。ちょうど、市場がひらかれていて、ひとだかりができていた。八百屋は野菜を、魚屋はぴちぴちのお魚を売っていたんだけど、ひとり肉屋の息子だけは、やせっぽちで、うつむいて、びくびくしていたんだ。

おやじさんが、ばんと背中を叩いて言った。
「ほら、もっと大きな声をださんか!」
「お、おにくいりませんか……」
それは、とってもちいさな声だったから、誰もふり向かなかったよ。

その肉屋の息子のところへ、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「そこをゆく奥さま!真っ赤なスカートがよくお似合いですね。なんてお美しいのでしょう!」
奥さんは、振り向いて肉屋の息子の顔をみたよ。その目は、きらきらと輝いていたから、ちょっと惹きつけられてしまったね。

「あなたのために、ひときれおまけしておきますよ。」

奥さんはいい気分になって、明日の分までまとめて買っていった。肉屋のおやじさんもにんまり、だね。

また、春の疾風が吹いて、ロマンス語の帽子は、町はずれの方へ飛ばされていった。

床屋のおじさんは、陽気なひとで、いっつもよくおしゃべりをしながら、髪を切ったね。今日も、若いおんなのひとを席につかせて、世間話を聞かせていたのさ。

「それで、わたしは言ってやったよ、それは、あんたのおかみさんの兄さんの隣に住んでるいとこのせいじゃないのか、とね。。。」

だけど、このひとの話は少しややこしいから、若いおんなのひとも、ちょっとあくびをしていた。そんな床屋のおじさんのところへ、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「今日は、よく晴れたいい日だね。こんな日は、きみを海へドライブに連れてゆけたらいいんだがな。」

若いおんなのひとは、びっくりした。だけど、おじさんは、なにごともなかったかのように、はさみをもったまま言うんだ。

「きみの栗色の髪が、海風になびくだろう。おや、なんてきれいなんだろう、つやつやとして。これは、神様からの授かり物だね。この髪に、はさみを入れてしまうなんて、ぼくは罪な床屋だ。」

若いおんなのひとは、なにがなにやら、とにかく真っ赤になってしまった。「わたし、もう帰ります!」と言って、席を立って帰ってしまった。そういうわけで、この床屋は、一人、客を逃してしまった、帽子のおかげでね。

また、春の疾風が吹いて、ロマンス語の帽子は風に揺られ、どこかへ飛び去った。

公園でちいちゃなおとこのこが、遊んでいた。お砂場で、おないどしくらいのおんなのこと、遊んでいたんだけど、おんなのこが、かれのシャベルをぐいぐい引っ張るんで、とられてしまった。そして、ちょっとべそをかいていたところ。

そこへ、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「ねえ、ぼくのシャベルをもっていったおんなのこ」

と、かれは言ったよ。

「あなたは、まんまるい目をしているの。ぷっくりしたほっぺは、りんごみたい。なんて、かわいいんだろ!」

おんなのこは、こっちを向いて、くびをかしげたよ。おとこのこは言いました。

「ねえ、ぼくといっしょにお砂遊びをしよう。ぼくは、きみと仲良くしたいから。シャベルは、とくべつ、きみに貸してあげてもいいよ。ぼくには、バケツがあるからね。」

こうして、ふたりは仲直りして、おやつの時間まで、いっしょに遊んだのさ。あのロマンス語の帽子のおかげで、ね。

太陽が傾く頃、また、春の疾風が吹いて、帽子はふわりと宙に舞った。そして、どこかへ飛んで行った。

ここで、ちょっと困ったことが起こった。

街角で、若い男のひとが、ベンチに座って、もじもじしていた。隣には、ワンピース姿のおんなのひとがいて、自分のサンダルの先を見つめていた。

この男のひとは困っていたんだ。

かれは、となりのおんなのひとに、言いたいことがあった。そして、「あ、あ、」と声を出しては、目をぱちくりして、黙ってしまうんだ。ほんとうは、「あなたのことが……」と、言い出したかったんだけれど。すごくどきどきして、ことばがつっかえてしまったんだね。みんな、いちどはこういう場面に出くわすことがあるよ。

もう、日も暮れかけていたから、おんなのひとは、いまにも「あたし、もう帰るわ。」と言い出しそうだったよ。せっかく、今日一日、楽しく過ごせたんだから、かれも伝えたいことを伝えられれば、よかったんだけど……。

おとこのひとが、また「あ、」と言いかけたところで、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「ああ、どきどきしてしまっていけないな。ぼくはどうしてしまったんだろう? きみのとなりで、春風に吹かれているだけなのに。」

おんなのひとは、自分のサンダルから目を上げて、かれの顔をみた。かれの顔は、すこし赤くなっていたけれど、目はぱっちりと開いて、夕焼けを映しながら、かのじょをみつめていた。

「はじめて、あなたに声をかけたときから、ずっと胸が高鳴っているんだ。朝早くフランスパンを買いに出掛けるときも、昼下がりに、すみれの咲く小径を歩いているときも、夕暮れどきに、家でスープを煮込んでいても、ぼくのこころは、」

かれは、じっとかのじょを見つめて、つづけた。

「あなたのことでいっぱいなんだ。どうしたのかな、今日もあなたの横顔をみるだけで、ぼうっとしてしまって、とても真正面から、目をみられなかったよ。でも、こうして見つめ合っていると、なんて不思議な心地がするんだろう。ぼくは、あなたのことが、」

かれは、ずばりと言ったよ。

「好きなんだ。」

隣のおんなのひとは、すこしのあいだ、なにも言わなかったけれど、「ふふっ」と笑うと、両手を伸ばして、彼の手をとった。そして、言ったんだ。

「ありがとう。うれしいわ。わたしもあなたが好き。どうしたのかしら、春の疾風が、わたしのこころを運んでいってしまったみたい。」

こうして、ふたりは恋人同士になったよ。驚いたことに、おんなのひとは、帽子をかぶらなくても、ロマンス語が話せたんだね。これは、恋の魔法かもしれません。

ロマンス語の帽子は、いつのまにか、どこかへ飛んで行ってしまったみたいです。さて、次はどの町へ、春を運んでゆくのかな?