2013年3月26日火曜日

メッセージボトル


緑の瓶が落ちています。浜を歩いていた少年は、なにげなく拾いました。そこはゆくりが浜でした。

少年が、緑の瓶を持ち帰り、窓辺に立てておくと、少年のお兄さんがやってきて、言いました。

「こういうのは、メッセージボトルにぴったりだなあ。」

なんだい、それは。と、少年はたずねました。「メッセージボトルというのはね、空き瓶に手紙を入れて、コルクで蓋をして、海に流すのさ。どこかの岸に漂着するだろう。それを、見知らぬ誰かが読むのさ。」お兄さんは、こんな風に説明しました。少年は、なんておもしろいのだろう、と思って、ぽかんとしました。

さっそく、手紙を書いてみました。「ぼくは10才です。海辺の町に住んでいます。あなたはなにをしていますか。」こんなものでしょうか。書きあげると、くるくるっと丸めて、緑の瓶に詰めました。コルクで蓋をすれば、メッセージボトルのできあがりです。

少年は、晴れた日に海に向かって投げました。メッセージボトルは、引く波にさらわれて、ゆくりが浜から旅立ちました。

さて、ゆくりが浜のある町の、隣にある町の話です。こちらは、ひとがたくさん住んでいて、入り組んだ湾が港になっており、多くの船が貿易に出るところでした。そこに、とおみが崎という岬があります。ひとりの少女が、そこに立って、海を眺めていました。夏の海は、青く、波と陽に揺られて、どこまでも青いのでした。

ところが、目を凝らすと、とおみが崎の下の岩場に、緑色に輝くものがありました。なんでしょう。少女は、遠回りして岩場へと降りてゆき、その緑色のものを掴み取りました。それは、丸めた紙の入れられた瓶でした。少女は、それを家へ持って帰りました。

「こういうのは、メッセージボトルと言うのだよ。」

と、船が好きなお父さんは言いました。「空の瓶にね、手紙を詰めて、海へほうり投げるのさ。いつか、どこか遠い国の波打ち際で、誰かが拾うだろう。」その説明を聞くと、少女は、夢中でメッセージボトルを開けました。そこには、一枚の手紙が入っていました。

「ぼくは10才です。海辺の町に住んでいます。あなたはなにをしていますか。」

そこには、そう書かれていました。少女は、うれしいのとどきどきするので、返事を書かずにはいられませんでした。それで、一晩かかって、こんな風に書きました。「わたしは、11才です。港のある町に住んでいます。わたしはいま、学校で勉強をしています。」そして、翌朝、とおみが崎から、同じメッセージボトルを投げたのです。

少女が投げたメッセージボトルは、近くの波にさらわれて、遠くの波に乗せられて、沖の方へ流れてから、また、浜へと戻ってきました。ただし、それは、隣町のゆくりが浜でした。

ゆくりが浜の少年は、あれから、毎日、浜へ来て、なにをするわけでもなく、ただ、そぞろ歩いていました。ぼくの流したメッセージボトルは、いまごろどこを漂っているのだろう。それとも、誰かのもとに辿り着いただろうか。そんなことを考えました。もしかしたら、ぼくと同じようにメッセージボトルを出したひとが、ほかにもいるかもしれない。この海のどこかで。

そこまで、考えたときでした。少年は、あのときとまったく同じように、緑の瓶をみつけたのです。けれども、今度の瓶は少しちがっていました。コルクで栓がしてあったのです。少年のこころははやりました。これは、メッセージボトルじゃないのか。ほかの誰かが、たぶん遠い国から、このボトルを流したのでしょう。それは、いま、ゆくりが浜に届きました。

さっそく、家へ帰って、瓶を開けました。中には、手紙が一枚、入っていました。そこにはこんな風に記してあります。

「わたしは11才です。港のある町に住んでいます。わたしはいま、学校で勉強をしています。」

少年は、驚きのあまり、口をぽかんと開けました。そして、すぐにくすくすと笑いました。うそかほんとか、これは、少年が出した手紙に対する、返事のようだったからです。少年は、無性にうれしくなりました。届いた手紙を、ぎゅっと握りしめると、目をつぶりました。潮騒が聞こえてくるようでした。

こうして、隣町の少年と少女は、翌朝も、ゆくりが浜ととおみが崎に立ちました。自分が投げたメッセージボトルのことを思い、また、受け取ったメッセージボトルを投げた、遠い国の誰かのことを思いました。

ふたりは、それぞれの浜で、海の向こうを眺めていました。はるか遠く、地平線の彼方を。ふたりとも、目に見えないものを見つめていたのです。