2015年7月10日金曜日

【古楽ラノベ】こがくりお〜第七幕「カップ麺の大指揮者」

第六幕「山中タリスの独白」よりつづく。

あらすじ:ゆる古楽部を立ち上げて、仲間を募る佐藤りゅーと。ルネサンス合唱部から入部希望の女の子、山中タリスが訪れるが、彼女は突然「入部しない」と叫んで走り去ってしまう。

***

俺は遅ればせながら、リュートを置いて立ち上がると、階段を駆け降りた。学生会館の1階、ロビーを見渡す。山中タリスの姿はもうない。代わりに、でっかいスチールのテーブルでカップ麺を食っている、アッシュに髪を染めた男と目が合った。
「いま、女の子が泣きながら、走って出て行ったで」
「そうですか」
俺は肩を落とした。
「おまえの女か?」
「ちがいます」
「ふーん。追いかけんのかい」
「あとで謝りにゆきますよ」
とりあえず、原田フローラ先生に相談してみるか。はあ、なんでこんなことになったんだ? 俺がスチールのテーブルに腰かけると、灰色髪の男は自己紹介した。
「わいは烏山ヘルベルトや。そこの自治会室におる。おまえ、佐藤りゅーとやろ?」
「そうです」
「敬語使わんでええ。おなじ一年や。ゆる古楽部、おもろそうやないか」

にやりと笑うと、すっくと立ち上がった。シャープな顔立ちだが、なんというか迫力がある。覇気がある、と言うべきか。俺はつい敬語を使ってしまった。
「学生自治会の方なんですか」
「せや。そんで、芸術なんたら学部の指揮科やで。オケを振るのが夢ちゅうとこで、いまは音楽系サークルをあちこち覗いてんねん」
「へえ」
俺のまぬけな返事を聞くと、「冴えない部長さんやな」とツッコんでまた笑った。「まあ、ええわ。わいも体験入部させてくれへんかな?」
俺はびっくりした。
「うちに? ゆる古楽部にですか?」
「ほかにどこがあるんや」
「隣のアラ部とか」
森田ウードの顔が浮かぶ。烏山は顔をしかめた。
「そらどこや。ウチのおとんがクラシック音楽の大ファンでな、息子にも大指揮者の名前とってヘルベルト名づけよってからに、けど、ロックからなにから、どんな音楽も好きやわ。わいのことは「からすやま」やから「からやん」呼んでくれ。よろしゅうな」
おおがらな笑顔。ヘルベルト・フォン・カラヤンか。どうりで気迫のある男だ。俺はふたつ返事でOKした。
「ぜひ、体験入部してください。いや、してくれよ」
「で、追いかけんのかいな」
「あ」
しまった、山中タリス。けらけらとからやんが笑う。
「カップラーメン食べ終わったら、ついていこか」
「助かる」
「なんや、われ、スパルタ指導しよるんか」
「しないって」
「ゆる古楽部、意外にきっついんとちゃうか」

からやんの笑い声が学生会館のロビーに響いた。なんだか今日は疲れるぞ……。