2015年7月10日金曜日

【古楽ラノベ】こがくりお〜第八幕「ておるぼくんの失態」

第七幕「カップ麺の大指揮者」よりつづく。

あらすじ:ゆる古楽部に体験入部した「からやん」といっしょに、りゅーとは原田フローラ先生の研究室へ歩く。山中タリスがなぜ泣いて走り去ったのか、相談するために。

***

俺とからやんは原田フローラ先生の研究室に向かって歩いていた。
「からやんは、どこのサークルが本命なの?」
「ベルリン風フィルハーモニーやな」「ベルリン風…?」
「あそこは由緒あるとこやで。初代指揮者はあの古田ヴェングラーや」
その名前は、あやかりすぎだろう。
「古田のハイライトの第九はすばらしいで」
バイロイトじゃないのかよ。


* フルトヴェングラー:戦中戦後にベルリン・フィルの常任指揮者として活躍し、ベートーヴェン演奏で当時、世界的な評価を得る。「バイロイトの第九」は名演とされる。彼の後任がカラヤン。)

そんなこんなで研究室に着いた。「失礼しまーす」と入ると、「直立不動!」と号令がかかる。「原田先生、メガネ」と注意すると、「あら」と黒縁メガネを外してくれる。「よくお越しくださいました! いま、お茶入れるから待っててね」。「けったいなオバハンやな」とからやん。「こら、口の利き方に気をつけなさ〜い。りゅーとくん、マセガキ連れて来たな」。原田フローラ先生はふふふ、と笑う。お人好しだ。

おっと用件を切り出さないと。「山中のことなんすけど…」俺がなりゆきを話すと、原田先生は納得した。「ふむふむ、部費の話をしたら、帰っちゃったと。山中さんはね、おうちが裕福じゃないの。兼部するのも、大変なことなんだよ」「あ…」「りゅーとくんみたいなおぼっちゃんとはちがうんだから!」とからかわれる。「でもね、4限が終わったら、彼女、ここへ顔出すって言ってたから、待っててごらん」。俺たちはお茶をして待った。

「原田せんせーい!あのね……」と、山中が飛び込んできたかと思うと、こちらを白い目で見た。「なんで佐藤くんがいるの」。俺は気まずかったが、「いや、実はさ」となにもかも率直に話して、頭を下げた。「俺が悪かったよ、だから、兼部のこと考え直してほしい」。「うん」と山中はうなずいた。「わざわざ来てくれたんだね」「ごめん、よろしく頼むよ」。山中はにこっと笑って、手を差し出してくれた。「そうだね、よろしく。佐藤りゅーとくん」。「ありがとう。山中…バードさん?」。俺はめずらしく頭が混乱した。山中はけげんに眉をしかめる。「バード?」こいつ、名前なんだっけ?「あれ、オケゲム?」「わたしの名前? タリス。タリスだよ!」山中タリスは目に涙をいっぱいに浮かべて叫んだ。「わたし、ゆる古楽部には入りません」。そして、研究室を走り去った。

からやんがやさしく俺の肩に手を置いて「冗談は顔だけにしとき」。原田フローラ先生も、後ろから「名前はちゃんと覚えようね、ておるぼくん」。

悪かった、俺が悪かったよ。りゅーとです。