2015年7月10日金曜日

【古楽ラノベ】こがくりお〜第六幕「山中タリスの独白」

第五幕「花咲くルネサンス合唱部」よりつづく。

あらすじ:国際自由学園で「ゆる古楽部」を立ち上げた佐藤りゅーと。初めての部員も入り、悪くない出だし。さらに、ルネサンス合唱部の顧問が、入部希望者を紹介してくれるというが……


***


俺は学生会館の2階にある部室で、ひとりリュートを弾いていた。とんとん、と扉をノックする音。「どうぞ」「あのう」。背の小さな女の子が入ってくる。黒髪は後ろで束ねて、くすんだ緑のワンピースを着ている。どこか蒼白な顔でおどおどしている。
「わたし、芸術文化プレゼンテーション学部、声楽科1年の山中タリスと申します。ルネサンス合唱部で、原田フローラ先生からご紹介を受けてまいりました、子供の頃から歌が好きで、J-POPを聴いていたら中学生のとき窓際のサリーちゃんにCDを借りてバードやオケゲムに出会ったときぱあああって世界が開けた気がして、あ、グレゴリオ聖歌も好きなのですが、あれは教皇グレゴリオ1世が編集したんじゃないよ、って教えてくれた母はきんぴらごぼうが得意料理でよくお弁当に入れて……」

ここで、俺がイケメンなら「ぼくもきんぴらごぼうは大好きさ」と白い歯を見せて余裕の笑みを返すところなんだが、そんなこらえ性もないので「ちょっと待った、ちょっと待った!」と話を遮った。

「ええと、入部希望なんだね?」
「はい」
「ゆる古楽部に入ってみたい?」
「そう」
「それはよかった」
山中タリスは俺の膝上の楽器を見た。
「いま、リュートを弾いていらっしゃいましたよね」
「ああ」
「聴かせてください」

俺はグリーンスリーブスを弾き始めた。すると、なんと彼女が歌い出した! びっくりした、けど、ぴったり合うんだ。俺はすぐ和音を奏でることに集中した。主旋律はまかせる。

「次はスカボローフェア」

と言って伴奏を始めたが、これもすいすいついてくる。気持ちがいい。サリー・ガーデンもついでに。歌いながら、俺たちは顔を合わせてにこりと笑った。こうやって心が通じ合うものなんだ、アンサンブルって。「ところで、」とひと息ついて彼女がたずねた。

「部費はどのくらいなんですか」
部費? 考えたことなかった。が、そんなにいい加減じゃまずい。俺はなにくわぬ顔で、
「高くはないよ」と答えた。ゆるい部活だし。
「じゃあ、安いのですか」
「いや、安くもないかな」
見くびられても困るし、と妙な虚栄心。彼女は神妙な顔をしていたが、突然くるりと振り向くと、「わたし、ゆる古楽部には入りません」と叫んでダッと走り出した。そのまま、階段を降りて後ろ姿は消えた。

ぽかんと見送る俺。窓際のサリーちゃんが誰だか気になったよ。