2015年7月23日木曜日

【古楽ラノベ】こがくりお〜第十幕「フローラ先生のお見合い」

第九幕「フローラ先生の買い出し」よりつづく。


あらすじ:業務用スーパーへ買い出しに来たはずが、いつの間にかCDを買う話になってきた。原田フローラ先生と山中タリスのマイペースが止まらない。


***

しかし、業務用スーパーでまさか「ギヨーム」ド・マショーのCDも売っているとは…。そこへ、山中タリスが息をはずませて走って来た。手にCDをもっている。俺は予感がした。
「それはひょっとして…」
「このデュファイのシャンソンなんだけど、」
やっぱり。ギヨーム・デュファイもあるのね。
「タワレコ限定復刻版の4枚組でね」
なんでもありすぎだろ。中古?
「りゅーと君、通底してくれない? わたしが歌うの」
「いいけど」
そこで、俺はぱっと思いついた。
「あ、いや、よくない。通底しない」
「え、なんで。いじわる〜」
「もし、うちに、ゆる古楽部に入ってくれたら、考えるよ」
どうだ。
「う〜ん」
山中タリスは、ぐるぐるとそこらを回ってうまい棒を二本、まとめて持つと目をつぶって一本を引き抜いた。
「あ、タコ焼き味だったから、わたし、ゆる古楽部入るよ」
なんだ、その決め方は。なんだか納得のいかないものが残るが…。
「ま、いいや。今度、デュファイやろうか」
これでやっと4人目の部員だ。

そこへ、原田フローラ先生も合流した。俺は念のために聞いた。
「先生、ここはいったいどういうお店なんだ?」
「ここはね、主に生鮮食料品と中世・ルネサンスのCDを扱っているスーパーだよ。さっきの、店長の平林さんが業界にイノベーションを起こしたの」
イノベーティブすぎだろ、平林さん。山中タリスが棚から本を取った。
「あ、ギヨーム・アポリネールの詩集だ」
それ、近現代のひとだろ。フローラ先生が解説した。
「このお店はギヨーム業界では、シェア8割強なのよ。すごいね!」
どういう業界なの。そして、残りの2割弱はどこなんだよ。

帰り道、フローラ先生が黒縁メガネをかけていたから、俺はびっくりした。あれをかけるとキッツイ性格に変わっちゃうんじゃなかったっけ?
「先生、そのメガネ…」
「これ? 度がちがうから大丈夫なの」
微笑むフローラ先生。理屈がわからん。そのとき、山中タリスがくすくすと笑い出した。
「あのさ、先生、黒縁メガネで一度、失敗したんだよね。お見合い!」
「その話はやめてー」
「あ、すげー気になる」
っていうか、フローラ先生独身だったの? タリスが話す。
「フローラ先生、まちがえてマジメガネをかけてお見合いに行っちゃってね、大変だったんだよ。相手は、中小企業の社長さんだったんだけどね」
「そうなのよー」とフローラ先生。
「それで、コンサル・モードになった先生が『まずは御社のバランスシートを拝見したく』って切り出したんだよね」
なんの話し合い。
「そのあと、BCGマトリックス(BCG=ボストン・コンサルティング・グループが開発した)を使って、M&A(買収)を提案しちゃったんだよね!」
フローラ先生が、続ける。
「うちの両親がゴールドマントランペットだからね、」
そこはサックスじゃないんですね。
「『出資もできますし』って言ったの。あれはまずかったよね〜」
山中タリスも笑ってツッコむ。
「さすがに、BCGマトリックスは古いですよねー」
「ほんとだよね!」
笑い合うふたり。そこじゃないだろ。ぜったい。ってか、タリス、なぜコンサル業界に詳しい。
「そしたら、社長さんも声を震わせて『お断りします…』って、結局、M&Aもお見合いも破談になっちゃったの。もったいなかったなあ」
そのふたつはいっしょにしていいの?

俺はまだ、このあとさらに驚愕の恋バナが始まるとは思わなかった…。

第十一幕「恋バナ☆ルネサンス」につづく。