2016年2月7日日曜日

『珈琲と吟遊詩人』への訂正コメント2

最初の「訂正コメント」はこちらです。これに加えて、あとから判明したもの、また僕が反省して書き加えようと思ったことをまとめます。


今回は、図像の読み取り間違いと「リュートは放浪芸人の楽器ではなかったのではないか」という論点についてです。

◆ まず、図像については、「二人組の放浪芸人」(p.117)において、描かれているのが放浪芸人であるというキャプションをつけましたが、リュート協会(元)理事長の渡辺さまからは、「この服装は放浪芸人などではなく、もっと高い身分のものだ」というご指摘をいただきました。図像を扱っていた本に立ち戻ってみましたが、「放浪芸人」とは書かれていませんでした。身分について確信はもてません。

◆ また、「リュートを火にくべる悪魔」(p.128)として提出したものが、「リュート」ではなく「ふいご」だというご指摘をふたりから頂戴しました。大変、初歩的なミスです。お詫び申し上げます。

◆ リュート協会からご指摘がありました「15世紀半ばのリュートは5コースだったのでは」という点については、ギター(古楽からモダンまで)演奏家の西垣さんよりコメントをいただきました。「15世紀リュートのコース数について」(西垣林太郎さんのブログ)。こちらの記事をご参照ください。

◆ 最初の訂正記事にも書きましたが、一番の大きな問題は、「中世のリュートはけっして放浪芸人の楽器ではなかった」という指摘です。この点については、リュート協会からご指摘いただきました。もし、これが正しいとすれば、「中世:放浪芸人の賤しい楽器のひとつ」であったリュートが「ルネサンス:高貴な貴族の楽器」になったという大転換は、言い過ぎということになります。

実際、手持ちの資料を調べ直してみたところ、「放浪芸人がもっていた」という記述がリュートに関しては見られない、という驚くべき思い違い(ほかの楽器については、本書で触れた通り、放浪芸人が扱っているようです)に気づきました。

これについては、リュート協会理事の宮武隆さまと何往復かメールでやりとりをして、丁寧なご指摘をいただきました。たとえば、16世紀後半のイギリスの弦の値段の計算事例などから、「リュートは後期中世において、かなり高価な楽器であった。弦の交換という維持費を含めて、そうである」という論証をいただきました。

しかし、16世紀後半の事例だけでは、リュートがすでに高貴な楽器になっており、値段も上がっていた、とも考えられます。

それ以前に安いリュートもあったのでは、という僕からの疑問に対しては、

「なにより、リュート本体に安いものがあったとしても、リュートの弦として使われていたガット弦が高価であり、切れやすい(特に高音弦)ので頻繁に取り替える必要があり、維持が大変だったと考えられています。」

とのコメントを宮武理事よりいただきました。

ただし、同じ bas(バ)の楽器であるフィドルやレベックがジョングルールによって扱われていたことを考えると、リュートだけが bas の楽器のなかで値が張り、ジョングルールたちに扱われなかったのでしょうか。たとえば、リュートも少ない弦の数で、ルネサンス・リュートとはちがったモデル(単弦のみ4コースなど)が作られた可能性もありそうですが、論拠はありません。専門家でご存じの方がいらしたら、ご教示願いたく存じます。

いずれにせよ、リュートが15世紀末から16世紀頃にかけて、「とくべつに高貴な楽器」として地位を上げたことはたしかなようです。ただし、それ以前に「放浪芸人の扱う」(安価に手に入る)楽器だった、と言える根拠はないのでした。これは本書の論旨からすると、大きなミスです。お詫び申し上げます。

◆ なお、参考文献は、一般書ということでだいぶ省いて掲載したのですが、執筆時に当たった論拠を挙げておくことは必要だと痛感しました。ここに改めて、参考文献一覧を載せます。

参考文献

・Daniel Diehl & Mark Donnelly, “Medieval Celebrations”, Stackpole Books, 2001
・Jeremy Montagu, “The World of Medieval & Renaissance Musical Instruments”, The Overlook Press (New York),1976
・Christopher Page,”Music and Instruments of the Middle Ages”, Variorum,1997 その第Ⅸ章がリュートに関する論文になっている。Ⅸ ”The Fifteenth-Century Lute” .初出は、Early Music 9. Oxford,1981
・Keith Polk,”German Instrumental Music of the Late Middle Ages”, Cambridge University Press,1992
・Curt Sachs,”The history of musical instruments”,Dover Publications,2006(初版は1940年頃)
・Douglas Alton Smith ,“A History of the Lute”, The Lute Society of America, Inc., 2002
・Reinhard Strohm & Bonnie J.Blackburn eds.”Music as Concept and Practice in the Late Middle Ages”,Oxford University Press,2001
・Emanuel Winternitz, “Musical Instruments and Their Symbolism in Western Art”, Yale University Press, 1979
・上尾信也,『歴史としての音』,柏書房,1993
・阿部謹也,『ハーメルンの笛吹き男』,平凡社,1974
・阿部謹也,『刑吏の社会史』,中央公論社,1978
・阿部謹也,『中世賤民の宇宙』,筑摩書房,1987 a
・阿部謹也,『ヨーロッパ中世の宇宙観』,講談社,1991
・阿部謹也,『甦える中世ヨーロッパ』,日本ディタースクール出版部,1987 b
・フランソワ・イシェ(蔵持不三也訳),『絵解き中世のヨーロッパ』,原書房,2003
・ドナルド・ジェイ・グラウト,クロード・V・パリスカ(戸口幸策ほか訳),『新西洋音楽史』上巻,音楽之友社,1998
・ヴァルター・ザルメン(上尾信也ほか訳),『「音楽家」の誕生』,洋泉社,1994
・エルンスト・シューベルト(藤代幸一訳),『名もなき中世人の日常』,八坂書房,2005
・ロイ・ストロング(星和彦訳),『ルネサンスの祝祭』上下巻,平凡社,1987
・ロバート・バートレット編(樺山紘一監訳), 『図解ヨーロッパ中世文化誌百科』上下巻,原書房,2008
・マルギット・バッハフィッシャー(森貴史ほか訳),『中世ヨーロッパ放浪芸人の文化史』,明石書店,2006
・ヴォルフガング・ハルトゥング(鈴木麻衣子ほか訳),『中世の旅芸人』,法政大学出版局,2006
・E.G.バロン(菊池賞ほか訳),『リュート:神々の楽器』,東京コレギウム,2001
・ミシェル・フーコー(田村俶訳),『狂気の歴史』,新潮社,1975
・イアン・フェンロン編(今谷和徳監訳),『花開く宮廷音楽』,音楽之友社,1997
・ハインリヒ・プレティヒャ(関楠生訳),『中世への旅 都市と庶民』,白水社,2002
・コルト・メクゼーパー,エリーザベト・シュラウト共編(赤坂俊一ほか訳),『ドイツ中世の日常生活』,刀水書房,1995

* このなかでも、とりわけ、Douglas Alton Smith ,“A History of the Lute”, The Lute Society of America, Inc., 2002 をよく参照しており、本書のリュートに関する記述は、この参考文献の抄訳という側面もあることをお断りしておきます。アメリカにおけるリュートの教科書といった位置づけの本でしょう。

ご指摘、ご高覧いただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました。間違いについてお詫び申し上げますとともに、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

著者 木村洋平