2016年8月1日月曜日

【本の紹介】と【ファンタジーの系譜】『ファンタジーの世界』佐藤さとる


昭和53年(1978年)に出版された『ファンタジーの世界』は、児童文学作家で、日本ファンタジー文学の先駆けのひとり、佐藤さとるさんによって書かれた、早い時期のファンタジー論。ちょっと驚くことが…。

いろいろと面白い箇所があるのだが、3点ほど紹介しよう。まず、驚いたのが、いわゆる「ハイ・ファンタジー」(異世界もの)は「今後の主流と見る向きもあるが、やはり変種の一つとすべきだろう」と書いていること。具体的に挙げているのは、『指輪物語』と『ゲド戦記』。

これらの作品は、いまではファンタジーのむしろ源流と解されると思うが、1978年の筆者には、傍流と認識されていたようだ。

では、ファンタジーの系譜は?というと、こんな風。まず、『不思議の国のアリス』。19世紀の作品である。『クマのプーさん』。『ナルニア国物語』。これは筆者の愛読書らしく、現実世界との接点があるため、ハイ・ファンタジーに分類されていない。それから、『さすらいのジェニー』(ポール・ギャリコ)。この作品はいまではあえてファンタジーと呼ぶか、どうだろう?

それから、二番目に興味深いのはファンタジーの定義だ。筆者は、「ファンタジーとは、起こったことなどなく、起こりえるはずもないこと。だが、起こったかもしれないと思わせるもの」(アメリカの作家、ロバート・ネイサン)という言葉を引用している。そして、後段の「起こったかもしれないと思わせる」について、「起こったにちがいない」とさえ思わせるほどのものがよいファンタジーだと、コメントする。

また、三番目に、筆者は、ファンタジーとは「二次元性」をもつものだと主張する。すなわち、現実世界と非現実の世界の両方をもち、行き来すること。非現実一辺倒ではないのだ。べつのところでは、ファンタジーは「メルヘンを母として、リアリズムを父として」生まれたものでは、とも書いている。「メルヘン」はグリムやアンデルセンの童話を指しているが、もう一方の源流に19世紀小説のリアリズムがある、と筆者は考えている。

こうした思想背景があるから、非現実の世界だけで成り立つハイ・ファンタジーを「主流」と呼ばないのだろう。

このあたりの議論は、本書の半ばにもっと詳しく書かれているが、「ファンタジーとはなにか」を問うのに大変、参考になった。

【書誌情報】
『ファンタジーの世界』、佐藤さとる、講談社現代新書、1978