2016年9月27日火曜日

【本の紹介】シェイクスピア、河合祥一郎(中公新書)

シェイクスピアの翻訳、研究の第一人者が書く概説書。評伝から劇作の特徴、時代背景、読み方の基本まで。学者らしい、慎重な手つきの良書と思う。

前半は、評伝。シェイクスピアの父が実業家としてかなりの成功を収め、その後、ウィリアム・シェイクスピアも不動産投資をしたり、二代かけて「ジェントリ(紳士階級)」となったり、実社会での成功の様子が興味深い。

ちなみに、ジェントリとは、貴族と平民のあいだ、より正確には「ナイト、騎士」の下、「ヨーマン、郷士」の上、という階級とのこと。そして、シェイクスピア演劇がよく取り上げる階級でもある。作家論として面白い。

中盤の「シェイクスピア・マジック」の章は、時間と場所をひとつの場面のなかで、台詞によって自在に転換してしまう(真夜中から数分経ったはずなのに朝が来ている、など)という特徴を取り上げている。これは、近代劇(とくにフランス古典演劇以降)が時間・場所・筋の統一を大切にするのとは対照的。

後半は、喜劇と悲劇の分析、それとシェイクスピアの根本哲学に迫る終章。シェイクスピア喜劇は、人間の愚かさ、どっちつかずの一貫性のなさといったものを取り上げるところに眼目がある。他方、悲劇は、古代ギリシア悲劇に通じる「ヒューブリス(傲慢)」の罪に基づく。これらの分析は簡潔で説得的だった。

最後のシェイクスピア哲学については、深読みに思え、読んでいてどこか「学者の夢」を感じる。「シェイクスピアが一貫した思想をもった偉大な作家であってほしい」という。実際には、職業脚本家として、個々にドラマツルギーを追求しただけではないのかな?と思ってしまう。

全体に落ち着いた良書だが、著者のこだわりやオリジナリティをぶちこむ、という野心的な新書ではない。そういう情熱や遊び心とはべつの手堅い本。

【書誌情報】
『シェイクスピア』、河合祥一郎、中公新書、2016