2020年4月26日日曜日

【新刊】『ESG思考』夫馬賢治──サステナビリティ推進者から突きつけられた「レター」を読もう


最近、出版された『ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった』(夫馬賢治、講談社プラスα新書、2020/4/13)を三回読む。


──世界では、環境・社会・企業統治を重視する「ESG投資」とそれに応える企業、支援する政府という構図が出来ている。こうした「サステナビリティ」を重視した経営と投資が主流である。いま出遅れている日本もこれらの動きにキャッチアップしないと生き残れない。

本書の内容はこの通り。著者の夫馬賢治(ふま けんじ)さんは日本におけるサステナビリティの研究と実践に活躍する「時の人」だ。彼はこの本を通して、また自身の活動を通じて、日本のサステナビリティへの取り組みの弱さに警鐘を鳴らし続けている。

良質な「ESG投資とサステナビリティの教科書」であり、ぎゅっと詰まった無駄のない文章だ。サステナビリティとESG投資の30年史がよくわかる。著者は世界史マニアと伺っているが、やはり通史を書く腕が冴える。

本書の良さは、データや数字による実証、固有名詞や年代の網羅があると同時に、マクロな流れをきっちり捉えて、こういう潮流(オールド資本主義)がここで転換点を迎え(リーマン・ショックなど)、新しい潮流(ニュー資本主義)を生んだ、そして日本は出遅れた、という「物語」がきちんと見えてくる点だ。

以下、具体的に見ていこう。

***

なぜ、サステナビリティやESG投資が世界で注目されているのか。

それに答えるには1990年代〜2020年に至るESGとサステナビリティの30年史をひもとかなければならない。著者は緻密かつドライにこの作業をこなすが、ここではかんたんにまとめてみよう。



まず、「オールド資本主義」から「ニュー資本主義」への移行を捉えることが根幹になる。

著者の言う「オールド資本主義」とは、「環境や社会に配慮していては、利益が上がらない」という考えに基づく資本主義である。つまり、「環境や社会」(ESGのE=EnvironmentとS=Socialだ)に「よいこと」をしようとすると、単純にコストだけがかかり、企業の利益は損なわれる、と考える。

「え、そんなことは当たり前じゃないの?」

と思われるかもしれない。たしかに、世界でも2000年代の中頃まで、オールド資本主義は常識であり、多数派の考えだった。しかし、リーマン・ショックのあたりを転換点として、欧米は「ニュー資本主義」に切り替わっていく。

「ニュー資本主義」とは、「環境や社会に配慮して投資、経営をする方が利益が上がる」という考えに基づく資本主義である。

いまや世界は新興国も含め、この方向に舵を切っている。日本でも話題にのぼるようになってきた「SDGs」も、「損してもいいことしよう!」と言っているわけではなく、これらの目標に向かえば、世界で2030年までに年間12兆ドル(1320兆円)の成長機会があり、最大で4億人近い雇用を生むと見込まれている。つまり、SDGsを本気で追求すると「利益が出る」のである。

これが「ニュー資本主義」であり、これに合わせて世界の企業も政府も機関投資家も、国際NGOも「ESG投資」と「サステナビリティ重視の経営」を促進しようと努力している。

***

だが、そもそもなぜ「環境や社会」に配慮すると儲かるのか? ここから考えよう。時計の針をリーマン・ショックに合わせてみる。世界第4位の投資銀行であったリーマン・ブラザーズが救済も買収もされずに倒産した。株価は下がり、企業の利益が激減し、失業率が高まった。傲慢な金融機関を許せない!と、ウォールストリートでは連日、大規模なデモが起こる。


こうしたなかで企業はこう考えた。これからは「自社のサステナビリティ(持続可能性)」を高め、「社会的な信頼」を回復しないともたない。

「自社のサステナビリティ」は、財務諸表にかかわることばかりではなかった。原材料の調達、水資源、エネルギー消費量、男女平等、地域社会とのかかわり、など。見えないリスクが至るところに隠れていると気づいた。というのも、グローバル化した経済ではサプライチェーンをたどると開発途上国や農村、世界のさまざまな地域に事業の根っこがつながっているからだ。

たとえば、エチオピアのコーヒー農場が異常気象で不作になれば、または、フィリピンのエビ養殖場が洪水被害を受ければ、自社はどうなるだろうか? なにかあったときにまた「想定外でした。考えていませんでした」と答えたら、社会的な信頼は?

こうして、多国籍企業を筆頭に「サステナビリティ」への関心が高まり、投資家は「ESG投資」を推進することになる。世界はリーマン・ショックを機にサステナビリティへ舵を切った。


***

そんなかんたんにものごとが変わるものだろうか? たしかに前史があった。その前史を作ったのは主に「脱資本主義」の陣営である。「利益だけを求める経済至上主義はおかしい。たとえ損をしても、環境や社会に配慮せよ」と唱えるひとびとだ。

彼らは1990年代から「環境や社会への企業の配慮」を定量化すること(ESG評価のインデックス作り)に取り組んでいた。「社会的な責任を果たす投資」(SRI)を推進する動きも一時、加速した。おおよそ「企業の社会貢献活動」を意味する「CSR」も普及はしていた。さらに、国連事務総長(1997-2006)を務めたコフィー・アナンが主導して、「ミレニアム開発目標」(MDGs)「国連グローバル・コンパクト」(UNGC)といった、環境や人権に配慮する取り組み、掛け声も広まっていた。

こういった動きの束のなかから、国連環境計画(UNEP)による金融イニシアチブ(2003)をめぐって「環境や社会に配慮すると、株価が上がる。つまり、利益が出る」という考えが提出される。ここで「脱資本主義」は「ニュー資本主義」に接続する

***

さて、世界の情勢はこのようだったが、日本はどうか? 残念ながら、日本では2018年頃まで「サステナビリティ」はほとんど注目を浴びてこなかった。2018年には気候変動や海洋プラスチック問題が話題になり、だんだんとSDGsも知られるようになる。世界のスタンダードに比べると10年は遅れた。さらに、いまだに日本では「サステナビリティは儲からない=損をしてもやる社会貢献活動だ」という認識が根強い。

なぜそうなってしまったかは、細かないきさつがいろいろあり、本書を読んでほしいが、煎じ詰めて言うと、30年来世界のトレンドを積極的に追いかけず、内に籠もったまま「サステナビリティって、それまでのCSRと同じで、本業にプラスαする貢献活動でしょう?」という姿勢でいたということだ。

もちろん、リーマン・ショックのときにも「こんな危機に、社会貢献活動に割くお金はない」と考えたわけである。

ちなみに、数字を出しておくと、2015年の時点でESG投資に積極的な投資機関(*国連責任投資原則(PRI)に署名)は約1400あり、それらの扱う投資額は約60兆ドル(ただし、全額がESG投資というわけではない)に達する。なお、世界の総資産額は2016年の時点で214.6兆ドルである。

***

大手企業に勤める友人からは「うちにもブラックロック(*世界最大の資産運用会社)からサステナビリティ・レターが来る。貴社ももっと取り組め、ってね」と聞く。


今回、いよいよ国内のサステナビリティ推進者からも「レター」が届いた。──本書『ESG思考』は発売直後にAmazonベストセラーだそうだ。よい流れができますように!


参考1
著者の夫馬賢治さんが主宰し、6年ほど運営するニュースサイト「サステナブル・ジャパン」はこちら

参考2
世界最大の資産運用会社、ブラックロックのホームページはこちら
おおよそ「コロナの影響は大きいが、いずれ経済は急速に回復する」「サステナビリティを重視せよ」と書いてある。