2020年7月4日土曜日

重力の詩


脚に重力を通せ。とんでもない重力を
するとまっすぐに大地に立つ 詩は立ち姿だ
──ソローが言おうとしたのはそういうことだろう

アリシア・キーズの underdog を聴いた
歌詞を読んで涙がにじむ 美しい心
ほかのアルバムを聞くうちに気づくこともある
アリシアは知性にあふれる それは清潔だ

しかし彼女の知性は 彼女の野生を上回っている
少しだけ残念だ 野生が生命力を発露させるのに

──マルタ・アルゲリッチを思い出す 情熱の黒い髪
レコードのジャケットを見ろよ 彼女の燃えたぎるメロディーを
激しいひとだと聞いた 表情はアルゼンチンを旅している
ヨーロッパを駆け抜けて バッハに野生を叩きつける 鍵盤

宇多田ヒカルは野生を歌に輝かせる だから色褪せない

優しい感受性だけで歌はできない
いいや爆発させるんだ きみの感性を
生命を歌わせろ 星が星雲を作る時に歌うように
生命の爆発が フルトヴェングラーの音楽を作った

直感は野生によって磨かれる
わかるか 野生がなければ直感もない
文明社会のなかで 頭でものを考えることに
慣れてしまった人間は もう判断が鈍っている

野生は僕らのなかにある 生まれた時からある
いまも咆哮を上げようとしている 獅子のように
眠って まどろんで 生ぬるいお湯のなかで
「幸せ」を夢みながら 野生は死んでいく

そういう頭のよいひとが 「目に見えるもの」を集める
彼らにはわかるのだ 現状を分析すれば
なにが幸せであるのかが かたちのあるものを
揃えれば 老後までご満悦だ

水木しげるは「目に見えないものを信じなさい」
「目に見えない世界を信じなさい」と言った
幸福学と妖怪の大家だった 今頃、地獄を巡って
ダンテより笑っているのだろうか 女房を連れて

そう 現状から未来は導かれない──思想家とヴィジョナリーは知っていた
だが官僚主義は 切って貼って取ってつけた資料を
後退戦のために用意する 現状分析が為せるのは
せいぜい現状維持にすぎない 未来は僕らが作るものだ

ヴィジョナリーになるには 跳躍しなければならない
行動すべき時にものを考えるひとは不幸だ
野生の直感が 知性の歯車と噛み合う時
ヴィジョンが生まれ ひとは行動を始める

強靭な思想だけが 遠いヴィジョンを生む
大地に根を張った足を持つ者が 真実を見つめる
鋭い知性 広角の知性と競い合える野生
それらを併せ持つ者だけが未来を視る 現在も視る

対話するんだ

そして対話することが 思いも寄らないものを生む
パルメニデスの現実を 破壊して 新しい現実を創造する
自分の全存在を賭けて 対話しよう
あなたと まだ見ぬ誰かと 今日出会ったひとと

冒険せよ 直感の赴くままに歩き出せ
自分を世界に向かって投げ出すんだ
安全圏の外に出る 故郷はあなたを守ってくれない
あなたが故郷を守る番だ ホームを築こう

ここに いまここに あなたのいる場所に
僕のいる場所に 僕らのみんなが帰りたい場所に
いつでも ここへ来いよ また旅に出ても
──Bon Voyage!  それ以外のさよならが、挨拶があっただろうか?