2012年2月17日金曜日

『珈琲と吟遊詩人』への訂正コメント


『珈琲と吟遊詩人 不思議な楽器リュートを奏でる』を刊行後、内容の訂正に関するコメントを複数いただきました。それを取り急ぎ、以下に掲載いたします。

先日、リュート協会の宮武隆様(理事)から、拙著『珈琲と吟遊詩人 不思議な楽器リュートを奏でる』に関して、会報誌に紹介したいとの連絡をいただきました。やりとりの結果、宮武様が、渡辺広孝理事長による本書への批判的なコメントを、簡潔に編集・まとめて送ってくださいました。これは、当の会報誌にも載る内容だそうです。許可を得て転載いたします。

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*渡辺理事長のコメント*

・著書の中に「リュートで単弦が複弦になったのも、15世紀の半ばから後半にかけて、と見られています。」と書かれていますが,これはリュート界の定説とは違います.これ以前の古い絵画などの視覚史料ではほとんどのリュートが複弦であることから,むしろヨーロッパに伝わった当初から複弦であった可能性が高いと思われています.

・ドイツのリュートについての記述「ドイツでは15世紀中頃には6コースまで付け加えられたようです」も気になります.ドイツ式タブラチュアの記譜法が最初は5コースリュートに対して作られているからです.従って最古のタブ譜は5コース用です.つまり15世紀中頃はまだ5コースだったことになります.

・また,放浪芸人が維持するにはリュートは高価すぎるので、持っていなかったと考えられることを、指摘しておきます.
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◆ 最初の指摘については、僕は「15世紀の半ば頃に複弦についての最初の記述が見られる」という資料から、「その頃に複弦が登場したのだろう」と推測したのでした。他方、「視覚資料」の調査は不十分でした。

◆ ふたつ目の指摘については、曖昧な部分がありました。以下に詳述します。
・1500年以前のリュート・タブラチュア(リュート用の楽譜)のリストが、こちらに載っていますが、そもそも「資料がわずか」だと書かれています。ドイツで発見されたリュート・タブラチュアは4つしか載っていません。たしかに、いずれも5コースのリュートのためのものですが、うち2つは類似が指摘されているため、同一のタブラチュアから派生したとも考えられます。また、1つは歌のためのタブラチュアかもしれず、リュートのためと確定していません。したがって、これだけ資料が少ないなかで、楽譜だけを根拠に「15世紀中頃のリュートはすべて5コースだった」とは言い切れないように思えます。

さらに、5コースと6コースのリュートが共存していた(現在のルネサンス・リュートが6〜8コースまで幅があるように)可能性も考えられます。

また、当時の音楽理論家であったヨハネス・ティンクトリス(Johannes Tinctris)の著書("De inventione et usu musice" 1480年にナポリで書かれている)によれば、「最近、ドイツのリュート奏者によって6コース目がつけ加えられた」とのこと。それゆえ、ドイツのリュートは15世紀のうちに6コースになっており、少なくとも1480年には、その情報がイタリアまで伝わってきたことになります。

結論としては、ドイツで6コース目がつけ加えられたのは15世紀「中頃」と書くのはたしかに不正確であり、「15世紀後半には6コースが現れていたようだ」の方が正確です。ただし、5コースから6コースへの変遷については、上記のように、確定しづらい、曖昧な問題領域が残されています。(*)

この点については、音楽家の西垣林太郎氏よりおおいにご助言を賜りました。お礼を申し上げます。ご自身のブログでもこの「15世紀中頃リュートのコース数」問題を投稿されました。こちらです。

◆ 最後の一点、「放浪芸人はリュートを持っていなかった。(リュートは高貴な人々の楽器だった。)」については、疑問が残ります。たとえば、「ダンスへゆく人々を導くリュート奏者」の図像(p.126)に描かれたリュート奏者が、宮廷人や高貴な人物だとは、思えません。庶民(放浪芸人)にも、安物のリュートが出回っていた可能性は、あるのではないでしょうか。(この点については、訂正コメント2へ続く)。

・東京大学、科学史・科学哲学科の先生からは、拙著の「中世ヨーロッパの外科は、床屋がやっていた」(p.133)という記述に関して、訂正をいただきました。中世ヨーロッパでは、外科手術は、「床屋」の副業のほか、専門の「外科医」によっても為されていたとのことです。

この場を借りて、ご指摘いただいたことに感謝いたします。

* 論文:"Johannes Tinctoris on the Invention of the Spanish Plucked Viola" In Music Obsevad: Studies in Memory of William C. Homes (Harmonie Park Press, 2004), pp.321-322 Series Title: Detroit monographs in musicology / Studies in music, no42
著者:Minamino Hiroyuki, UC Irvine を参照しました。こちらで全文を読めます。

この論文、および著者については、西垣林太郎氏(@qu_cerca_trova)からご教示いただきました。まことにありがとうございました。

追記:このブログ記事は2016年2月16日に最終加筆しています。なお、文中に「渡辺理事長」とありますが、渡辺氏はいまは退かれ、「元理事長」です。日本リュート協会HP

木村洋平