2012年9月9日日曜日

【俳文】札幌便り(2)ーー公園の街 美瑛への汽車


札幌へ来てふた月。ここは、公園の街でもある。札幌駅の方から、繁華街のすすきのをくぐり抜けると、中島公園に行き当たる。緑にあふれて、芸術にも触れられる。隣接する渡辺淳一文学館は、安藤忠雄の事務所が設計。園内のコンサート・ホール「キタラ」は、白い彫刻に囲まれている。キタラにまつわるエピソードは、面白いのでいつかご紹介したい……。

円山公園は、市街地の西の端。小さな山(円山)のふもと、原生林とともに広がる。開拓前の自然を色濃く残している稀有な場所ではないだろうか。敷地は北海道神宮と隣り合い、僕はいまだに、どこからが神宮なのか、わからない。お社は円山の加護を得て、背の高い樹々に守られているようだ。

なにやら人だかりができている、と思うと、今日は送り盆。向こうで、太鼓を叩いている。円山公園で水の音を聞いていたが、そのまま参拝に行った。

砂掃いて神前の松さやかなる

いつも掃き清められた境内が、いっそう北海道らしく広々として見える。

手を合わせ立ち去らんとす秋の空

西洋では、死者を悼んで鎮魂歌を歌う。「レクイエム、エテルナム(永遠の安息を)」というのが、ラテン語の決まり文句だ。

盂蘭盆会(うらぼんえ)みなレクイエムエテルナム

歳時記を繰っていると、「蓮飯」に行き当たった。お盆には目上の人に敬意を払い、蓮の葉で蒸したご飯を贈るという。祖母の顔が浮かぶ。

おばあちゃん元気でいてね蓮ご飯

円山公園をそぞろ歩いて帰る。北海道は蚊が少ない、と聞いていたけれど、夏の間、本当に刺されなかった。今日、初めて小さく、赤く腫れている。

秋の蚊に刺されてゆかし原生林

今月は、旭川から、美瑛まで足を伸ばした。上川盆地、カムイミンタラ(アイヌ語で「神々の庭」)の中。単線の汽車に揺られる。北海道の方言では、電車を「汽車」と言う。土地に起伏が出てくると、そこは北美瑛。もう一つで、美瑛駅に着く。

旅先はカムイミンタラ馬肥ゆる
千代ヶ丘と音声の言う蕎麦の花
きりぎりすお迎えに出る北美瑛

帰りは、夏の間だけ走る「機関車」(を模した)ノロッコ号に乗る。のろのろと走って、旭川〜富良野の景色を満喫できる特別列車だ。子供が喜ぶ仕掛けも随所にある。

こんにちは野に遊ぼうと花芒
ノロッコ号ゆくゆく次は稲田駅

「稲田」は季語を入れたので、この駅名は富良野線にはないもの。架空の駅名です。すでに入道雲ではないけれど、大きな雲の塊を望みゆく。

初秋やカムイの雲を越える汽車

2012年9月8日土曜日

【童話】ロマンス語の帽子


こんにちは。今日はなんのお話をしようか。そうだ、きみたちは、ロマンス語ということばを、しっていますか。ロマンス語です。なんだろう、それは。

ロマンス、は知っているね。そう、ロマンティックなことだ。おとこのひとが、おんなのひとに、やさしく話しかけたり。うん、ちょっとはずかしいね。ふだんは、みんな、ロマンス語なんて、しゃべらなくていいんだ。

だけど、今日は、そのぼうしをかぶると、ロマンス語を話してしまう、そういう不思議な帽子の話です。ある日、空から降ってくるんだね、どこからやって来たんだろう。

ロマンス語の帽子は、春の疾風に、はやい風に乗って、空を吹かれていました。ふぅー、ふぅー。

そして、小さな町のうえまで来ました。ちょうど、市場がひらかれていて、ひとだかりができていた。八百屋は野菜を、魚屋はぴちぴちのお魚を売っていたんだけど、ひとり肉屋の息子だけは、やせっぽちで、うつむいて、びくびくしていたんだ。

おやじさんが、ばんと背中を叩いて言った。
「ほら、もっと大きな声をださんか!」
「お、おにくいりませんか……」
それは、とってもちいさな声だったから、誰もふり向かなかったよ。

その肉屋の息子のところへ、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「そこをゆく奥さま!真っ赤なスカートがよくお似合いですね。なんてお美しいのでしょう!」
奥さんは、振り向いて肉屋の息子の顔をみたよ。その目は、きらきらと輝いていたから、ちょっと惹きつけられてしまったね。

「あなたのために、ひときれおまけしておきますよ。」

奥さんはいい気分になって、明日の分までまとめて買っていった。肉屋のおやじさんもにんまり、だね。

また、春の疾風が吹いて、ロマンス語の帽子は、町はずれの方へ飛ばされていった。

床屋のおじさんは、陽気なひとで、いっつもよくおしゃべりをしながら、髪を切ったね。今日も、若いおんなのひとを席につかせて、世間話を聞かせていたのさ。

「それで、わたしは言ってやったよ、それは、あんたのおかみさんの兄さんの隣に住んでるいとこのせいじゃないのか、とね。。。」

だけど、このひとの話は少しややこしいから、若いおんなのひとも、ちょっとあくびをしていた。そんな床屋のおじさんのところへ、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「今日は、よく晴れたいい日だね。こんな日は、きみを海へドライブに連れてゆけたらいいんだがな。」

若いおんなのひとは、びっくりした。だけど、おじさんは、なにごともなかったかのように、はさみをもったまま言うんだ。

「きみの栗色の髪が、海風になびくだろう。おや、なんてきれいなんだろう、つやつやとして。これは、神様からの授かり物だね。この髪に、はさみを入れてしまうなんて、ぼくは罪な床屋だ。」

若いおんなのひとは、なにがなにやら、とにかく真っ赤になってしまった。「わたし、もう帰ります!」と言って、席を立って帰ってしまった。そういうわけで、この床屋は、一人、客を逃してしまった、帽子のおかげでね。

また、春の疾風が吹いて、ロマンス語の帽子は風に揺られ、どこかへ飛び去った。

公園でちいちゃなおとこのこが、遊んでいた。お砂場で、おないどしくらいのおんなのこと、遊んでいたんだけど、おんなのこが、かれのシャベルをぐいぐい引っ張るんで、とられてしまった。そして、ちょっとべそをかいていたところ。

そこへ、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「ねえ、ぼくのシャベルをもっていったおんなのこ」

と、かれは言ったよ。

「あなたは、まんまるい目をしているの。ぷっくりしたほっぺは、りんごみたい。なんて、かわいいんだろ!」

おんなのこは、こっちを向いて、くびをかしげたよ。おとこのこは言いました。

「ねえ、ぼくといっしょにお砂遊びをしよう。ぼくは、きみと仲良くしたいから。シャベルは、とくべつ、きみに貸してあげてもいいよ。ぼくには、バケツがあるからね。」

こうして、ふたりは仲直りして、おやつの時間まで、いっしょに遊んだのさ。あのロマンス語の帽子のおかげで、ね。

太陽が傾く頃、また、春の疾風が吹いて、帽子はふわりと宙に舞った。そして、どこかへ飛んで行った。

ここで、ちょっと困ったことが起こった。

街角で、若い男のひとが、ベンチに座って、もじもじしていた。隣には、ワンピース姿のおんなのひとがいて、自分のサンダルの先を見つめていた。

この男のひとは困っていたんだ。

かれは、となりのおんなのひとに、言いたいことがあった。そして、「あ、あ、」と声を出しては、目をぱちくりして、黙ってしまうんだ。ほんとうは、「あなたのことが……」と、言い出したかったんだけれど。すごくどきどきして、ことばがつっかえてしまったんだね。みんな、いちどはこういう場面に出くわすことがあるよ。

もう、日も暮れかけていたから、おんなのひとは、いまにも「あたし、もう帰るわ。」と言い出しそうだったよ。せっかく、今日一日、楽しく過ごせたんだから、かれも伝えたいことを伝えられれば、よかったんだけど……。

おとこのひとが、また「あ、」と言いかけたところで、ふわりと、空からなにかが舞い降りた。あのロマンス語の帽子だ。そして、スポッとあたまにかぶさった!

すると……

「ああ、どきどきしてしまっていけないな。ぼくはどうしてしまったんだろう? きみのとなりで、春風に吹かれているだけなのに。」

おんなのひとは、自分のサンダルから目を上げて、かれの顔をみた。かれの顔は、すこし赤くなっていたけれど、目はぱっちりと開いて、夕焼けを映しながら、かのじょをみつめていた。

「はじめて、あなたに声をかけたときから、ずっと胸が高鳴っているんだ。朝早くフランスパンを買いに出掛けるときも、昼下がりに、すみれの咲く小径を歩いているときも、夕暮れどきに、家でスープを煮込んでいても、ぼくのこころは、」

かれは、じっとかのじょを見つめて、つづけた。

「あなたのことでいっぱいなんだ。どうしたのかな、今日もあなたの横顔をみるだけで、ぼうっとしてしまって、とても真正面から、目をみられなかったよ。でも、こうして見つめ合っていると、なんて不思議な心地がするんだろう。ぼくは、あなたのことが、」

かれは、ずばりと言ったよ。

「好きなんだ。」

隣のおんなのひとは、すこしのあいだ、なにも言わなかったけれど、「ふふっ」と笑うと、両手を伸ばして、彼の手をとった。そして、言ったんだ。

「ありがとう。うれしいわ。わたしもあなたが好き。どうしたのかしら、春の疾風が、わたしのこころを運んでいってしまったみたい。」

こうして、ふたりは恋人同士になったよ。驚いたことに、おんなのひとは、帽子をかぶらなくても、ロマンス語が話せたんだね。これは、恋の魔法かもしれません。

ロマンス語の帽子は、いつのまにか、どこかへ飛んで行ってしまったみたいです。さて、次はどの町へ、春を運んでゆくのかな?